◆復興への疾走

 1995年1月17日の阪神・淡路大震災は、競輪の運営にも大きな影を落とした。西宮と甲子園は3月末日まで中止。開設記念を予定していた西宮にとっては、とりわけ深刻なダメージとなった。

 各地で「被災地支援競走」が開催される中、高松宮杯でも収益の一部を義援金として拠出。この時の売り上げ総額は、大会史上最高の323億円に達している。

 レースは盛り上がっていた。超一流として本格化しつつあった神山雄一郎が、連覇を狙って決勝へ進出。最大のライバル吉岡稔真は2次予選で敗退しており、神山の2着争いに焦点が絞られていた。

◆天下を分けた一戦

[1995年 高松宮杯・決勝メンバー]

【1】戸辺 英雄(32=茨城、51期)追込

【2】神山雄一郎(27=栃木、61期)ま逃

【3】小橋 正義(27=岡山、59期)追込

【4】安福 洋一(36=奈良、41期)追込

【5】尾崎 雅彦(37=東京、39期)追込

【6】阿部 文雄(33=東京、50期)追込

【7】三宅  伸(25=岡山、64期)逃ま

【8】本田 晴美(31=岡山、51期)自在

【9】高橋 光宏(32=群馬、56期)追込

※左から車番、選手名、年齢、登録地、期別、脚質

 動けるのは神山、三宅伸、本田晴美の3人。ただ、三宅と本田は岡山同士だから、ラインを組むのは間違いない。もう1人、平成の鬼脚・小橋正義も岡山。三宅-小橋-本田に安福洋一が続いて、西日本が4人で結束することになった。残る5人は何と全員、関東勢だ。どう折り合うのか、それとも分裂してしまうのか。

 神山の番手は、栃茨で戸辺英雄に決まった。残るは尾崎雅彦-阿部文雄と並ぶ東京コンビ、そして群馬の高橋光宏。実績上位の尾崎が戸辺の後位を主張したところで、高橋の動向が注目された。【藤代信也】