競輪のG1戦線で活躍した往年の名レーサー朝日敦選手(51=神奈川、旧姓新藤)が24日、現役引退を決意したことが日刊スポーツの取材で明らかになった。

競輪学校62期を在校4位で卒業し、88年9月にデビュー。翌89年には同期最速でS級に昇格した。その後は少し伸び悩んだものの、94年に大宮G3を制してブレーク。以降は02年熊本オールスター、03年びわこ高松宮記念杯で決勝に進出するなど、07年までG1の常連として活躍した。

「93年に結婚したのが強くなれたきっかけ。赤ん坊をかごに入れながら女房が車を運転して、俺の練習に付き合ってくれた。誰よりも感謝しているのは女房ですね」。

記録よりも記憶に残る選手で、全盛期は話題に事欠かなかった。寛仁親王牌では南関同士の故・東出剛氏(54期=04年2月死去)と2度競ったり、地元のG3小田原では弟弟子の高木隆弘とそれぞれが番手を主張して一触即発の事態に陥ったこともあった。

「自分の思うまま自由にやらしてもらえた。遠沢健二さんや三ツ井勉さんら、平塚の朝練習グループにも感謝しています。選手人生に悔いはまったくありません」。

来期はA2班昇格が決まっていたが、ここ数年は思ったような走りが出来ず、引退を決意した。今後の予定は未定。

通算成績は2352戦1着374回、2着286回、3着310回。