私を揺さぶる、グランプリ-。12月16日からボートレース住之江で開幕する1年の総決算、SG「第40回グランプリ」に向けた特別企画「Road to THE GRAND PRIXキャンペーン」と題した企画の第2弾としてトップレーサーの馬場貴也(41=滋賀)、上條暢嵩(31=大阪)にスポットライトをあてる。過去に出場したGPの振り返り、盟友への思い、住之江への熱意、最高の栄誉をつかむための意気込みなどを熱く語った。(取材日=8月23日)
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最終Mを回ったのは5番手だった。はるか前に、ゴール目前の毒島誠がいた。同い年の盟友の、グランプリ優勝の瞬間は、ホームストレッチの後方から見えた。悔しさはあったが、祝福の気持ちも湧いた。「毒島さんのガッツポーズを見て、悔しいですけど、素晴らしいものというか、自分の胸に刻まれる景色を見た。いつか、自分もあの位置で成し遂げたいと思った」。昨年グランプリ優勝戦、馬場は4枠から5着だった。
1位、2位、1位。22~24年の馬場の賞金ランクだ(チャレンジC終了時点)。3年連続、TR2nd1枠での発進。22年は4着、23年はターンマークに接触、転覆して妨害失格。過去2年があっての昨年1枠。緊張感に包まれた。「23年の妨害失格があったので、昨年は1走目、ものすごく緊張した、横が茅原くんで並びも同じだったので、フラッシュバックした。また妨害する映像しか頭に浮かばなかった」。
2nd組は、最初の2日間は調整と試運転に充てる。馬場は本番まで、フラッシュバックと戦い続けた。「2日間の試運転、それしか頭に出てこないから、きつかった」。強烈な映像が頭から離れない。しかも本番直前の11R、菊地孝平がコンマ01のF。もう1つの嫌な思い出がよみがえる。22年GP2nd1回戦、11Rで2艇Fが出た直後、12R1枠の馬場はコンマ20で敗れた。絶対に克服しなければならない1枠だった。本番はコンマ10の逃走。トラウマに打ち勝った。「あそこを乗り越えたのは大きかった」。ピットでは出迎えた毒島誠とグータッチ。互いを認め合う戦士の絆を感じた。それがあるからこそ、ライバルの優勝を祝福する気持ちにもなれた。
馬場のGP初出場は18年、チャレンジCでSG初優出Vを果たし、デビュー15年、9位で出場した(順位決定戦2着)。19、21年は1st敗退。「考え方が変わった。出るなら2ndからだと。そこを狙って1年間戦うという考えにシフトした」。昨年で6度目の出場、2度の優出。「毒島さんは7回、優勝戦に挑戦して取った。自分は2回目、まだまだだなと。僕はSG初制覇までに15年かかった。遅咲きというか、自分らしい。(GPを)そんなすぐには勝てないよなって。全てが経験です」。
今年は苦しんだ。SGで5、6着を並べることもあった。「グラチャンはきつかった」。湿っぽい梅雨の時期。成績も表情も曇っていた。そんな時、峰竜太が声をかけた。「峰くんが、馬場さん、自信だけはなくしたらあかんよ。絶対大丈夫だからって。僕、そういう気持ちに弱いので、泣いちゃいました」。笑って振り返るところに、復調ぶりが現れている。峰だけでなく、兄弟子の守田俊介、同期の長田頼宗、毒島…。いろんな人の“サポート”に助けられる。「僕は人に恵まれている」。その点は、1600人のレーサー中でも、自分が優れていると感じている。
盟友、先輩、同期。さまざまな関係性の中で、全員がライバルになる。その中でトップに立つための努力を惜しまない。「GPを取るために必要なものは、絶対に勝つという気持ち。それがあれば逆境も乗り越えられる。そこがぶれなければ、もし今年駄目でも来年挑戦できる。辞めるなら、GPを勝ってからじゃないと辞められない」。自身への決意表明だった。





















