メッシがW杯通算ゴールを18まで伸ばし、最多得点者となった。この6月22日はマラドーナによる「神の手」「5人抜き」と同じ日だった。サッカーの神に導かれたのかもしれない。

その6月22日と言えば、忘れられない記憶がある。32年前の94年W杯米国大会で、コロンビアが地元・米国に1-2と敗れた。DFアンドレス・エスコバルはクリアしようと伸ばした足でオウンゴールした。ピッチ上で大の字となった姿は今も鮮明に覚えている。

コロンビアは90年大会でも活躍したバルデラマ、リンコン、イギータらを擁し、南米予選ではアルゼンチンを敵地で5-0と一蹴していた。優勝候補とされたチームがまさかの1次リーグ敗退。悲劇はその後だった。エスコバルは帰国後の7月2日未明、メデジン市内のバーで男性3人に囲まれ、駐車場で銃殺された。「オウンゴールをありがとう」の言葉を添えられて。

ちょうどW杯見たさに休暇をもらい、米国に滞在していたところで銃殺の報に触れた。コロンビア敗退による賭けで大金を失った者たちの犯行と伝えられていた。現地の友人は「狂ってるよ」。そのひと言が忘れられない。W杯にある光と陰。その陰の部分を深く感じた出来事となった。

事件は麻薬密売組織「メデジン・カルテル」が関与していた。80年代から90年代はメデジン・カルテルの全盛期だった。コロンビアではサッカーと麻薬社会は切り離せず、「麻薬王」パブロ・エスコバルが名門クラブの実質的なオーナーだったことは有名。密売で得た莫大(ばくだい)なブラックマネーは資金洗浄に使われていた。「エスコバルの悲劇」の翌年にはエンビガドのアルベイロ・ピコが練習に向かう途中、銃弾7発を受けて亡くなった。96年にはイギータの自宅に小型爆弾を投げつけられて爆発する事件もあった。

コロンビアだけではない。06年にイタリアを揺るがしたセリエAの八百長事件にはマフィアが深く関わっていた。マラドーナもナポリ時代にマフィアとの関係にはまり、そこからコカインから抜け出せなくなった。94年米国大会では、試合後の尿検査でコカイン反応が出て追放となっている。

15年ほど前、欧州クラブの幹部だった人物から裏社会との交流について聞かせてもらったことがあった。スポーツの高潔性「スポーツインテグリティ」が保たれている日本では考えられない話ばかりだが、どれも現実にあったものである。

熱狂をはらむW杯とは一種の“麻薬”なのかもしれない。表の華やかさばかりでなく裏で暗躍する者もいる。弱さと矛盾。そこに「人間の性(さが)」を感じてならない。【佐藤隆志】

コロンビア代表DFエスコバル(1990年6月撮影)
コロンビア代表DFエスコバル(1990年6月撮影)
米国対コロンビア 前半35分、オウンゴールを記録してしまったコロンビアのアンドレアス・エスコバル(手前)(1994年6月撮影、ロイター)
米国対コロンビア 前半35分、オウンゴールを記録してしまったコロンビアのアンドレアス・エスコバル(手前)(1994年6月撮影、ロイター)