取材を通じて、選手や監督以外の熱い思いに触れることがある。今季のJ1リーグ開幕戦で、ジュビロ磐田で通訳を務めるファブリシオ・タバレス・コウチーニョさん(34)の1つの夢がかなった。松本山雅FCで、同じく通訳を務める弟フェリペさん(32)と“対戦”。日本最高峰の舞台で初の「兄弟対決」が実現した。

「注目している人なんて、ごくわずか。でも、自分にとっては特別な試合だった」。そう振り返ったファブリシオさんは、1985年1月2日にブラジル・サンパウロ州で生まれた。7歳の時、親の仕事の都合で来日。福島、群馬で育った。「周りにブラジル人はいなかったし、いじめられた」と、当時の状況を振り返る。

幼少期の記憶をたどれば、今でも苦しかったことの方が多い。それでも「逃げるな。お前からコミュニケーションを取れ」という両親の教えも背中を押し、サッカーを始めた。すると、徐々に状況が変わった。「良いプレーをすることで認めてもらえた。自然と友達も増えた。やっていなければ、家に引きこもっていたと思う」。通訳の仕事に巡りあえたのも、サッカーを通じて知り合った友人がきっかけだった。

現在、ファブリシオさんが住む浜松市にも約9400人のブラジル人が暮らす。自身の経験と重なる子どもたちの話を耳にすることも少なくない。「日本の学校になじめず、ドロップアウトしてしまう」。群馬で両親が営む日本語学校を手伝っていた時にも、同じ悩みを抱える子どもたちを目にしたこともあった。

ファブリシオさんは「自分は逃げなかったからこそ、居場所を見つけられた。もちろん、同じように通訳になれとは思わない。自分たちの姿が、少しでも子どもたちの助けになれば、そんなにうれしいことはない」と話す。故郷ブラジルを思い、戦った試合の後、スタンドで2人を見守った両親からは「私たちは間違っていなかった。2人を育てて良かった」とメッセージが届いたことを、うれしそうに明かしてくれた。

ファブリシオさんとフェリペさんが、J1の現場で抱く熱い思いが子どもたちに届くことを願っている。【前田和哉】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サッカー現場発」)

◆前田和哉(まえだ・かずや)1982年(昭57)8月16日、静岡市生まれ。小2からサッカーを始め、高校は清水商(現清水桜が丘)に所属。10年入社。17年から磐田担当。

2月23日の松本戦の試合後、サポーターにあいさつする磐田の選手たち
2月23日の松本戦の試合後、サポーターにあいさつする磐田の選手たち