11月28日の夜、村は久しぶりの応援に沸いていた。大分県日田市中津江村。カメルーン国旗を振りながら、W杯1次リーグのセルビア戦を画面越しに見つめていた。

試合は1-3の劣勢から3-3に追いつく熱戦。2大会ぶりの出場の「不屈のライオン」にとっては02年日韓大会、1-0で勝利したサウジアラビア戦以来の勝ち点で、連敗を「8」で止め、決勝トーナメント進出の可能性を残した。

20年前、その日韓大会でカメルーンが直前合宿を行ったのが中津江村。当時の人口は1360人の山あいの小さな村だった。

今夏、20年の節目に村を訪れた時、何度も聞いた言葉があった。「ソングだから」「ソングがいたから」。当時の主将で、現在は監督を務める英雄は、村民の心に大きな感謝を残していた。

合宿中、村側が企画した壮行会があった。宿舎から少し歩いた体育館で、小、中学生などがいまかいまかと、カメルーン代表を待ち構えていた。開始予定から2時間が経過していた。実は、体調優先を訴えたシェーファー監督との調整がうまくつかず、代表チームの参加が不透明なまま、その事実を知らずに皆は体育館に集合していた。

合宿施設から移動できない事態に、担当の女性がたまらずに泣きながら実情を伝えた時、いの一番に声をかけてくれたのがソングだったという。事情を知ると、監督に直談判。「大丈夫、みな、行こう」と先導し、歩いて体育館に向かってくれた。しかも、1度部屋に戻り、ジャージーから正装である白いポロシャツに着替えて。

「最後はうまくいく、それがカメルーンスタイルだよ」。そう優しくスタッフに声をかける姿を、村民は忘れていない。

会では、子供たちが花笠音頭を披露した。当時小学生だった水嶋友里絵さんが、教えてくれた。「黒人の方を見るのも初めてで、大きいなあと。最初は私たちだけで踊っていたのですが、途中から選手も一緒に踊ってくれて」。椅子から立ち上がり、一緒になって最初に踊り始めてくれたのもソングだった。「良い匂いがしました(笑い)」。嗅覚とともに、鮮烈な思い出が残った。その姿を見ていた村民全員が、ソングという存在を特別に思った。だから、今大会のチームにも特別な思い入れがある。

思えば、中津江村に到着した深夜3時のあいさつで、「僕たちはいま家族になりました」という言葉を贈ってくれたのもソングだった。あれから20年。記者がソング監督に村へのメッセ-ジをお願いすると「#TeamSpirit」「#OneLove」と返信がきた。いまも村と代表は1つのチーム、そんな意味だろう。

次は20年ぶりの勝利へ。2日(日本時間3日)最終節は難敵ブラジルとの対決となる。「最後はうまくいく」。村を救った、そんなカメルーンスタイルに期待したい。【阿部健吾】