来年1月2、3日の第95回東京箱根間往復大学駅伝が迫ってきた。日刊スポーツでは「箱根半端ないって」と題した連載を全5回掲載する。第1回は3冠を達成した指揮官たち。90年度大東大の青葉昌幸氏(76)00年度順大の沢木啓祐氏(75)10年度早大の渡辺康幸氏(45)の3人は、どんな指導哲学で時代を築いたのか? 今大会で史上初となる2度目の3冠を狙う青学大をどう見ているのか?【取材・構成=上田悠太】

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青葉氏にとって3冠は後から付いてきた称号だった。第2回出雲駅伝を制したが、新設大会だった当時は注目度が低かった。事実、レギュラーは温存し、下級生主体のメンバーで臨んだ。「僕らの時は3冠なんてなかったですから」と言う。

68年に25歳で監督に就任し、箱根駅伝を2度の連覇。埼玉・東松山市の寮近くにある丘陵地帯の起伏に富んだクロスカントリーで足腰を鍛え、いつしか「山の大東」とも呼ばれた。猛練習の中、ストイックな求道者がよしとされる時代の中、青葉氏は遊び心も交ぜて黄金期を築いた。

体育館では跳び箱などでバネを鍛え、2階の高さまで綱上りし「ターザンのようにマットに飛び降りる」練習もあった。「まめが足でなく、手にできて治療をするみたいな感じでね」と笑う。サッカー、ソフトボール、約1キロの遠泳もした。冬のテスト期間は決まってスケート場へ。体幹が弱かったり、体のバランスが悪かったりするとうまく滑れない。「それが走りにも出ているんだよ」と選手に分からせた。「厳しかったよ。でも楽しさも両立させる。息抜きが随所にあったからよかったのかな」。

もう時効だろう。こんな笑い話もある。3冠を達成する約3年前。大学から400メートルトラックが整備できる大きさの土地を用意された。約2メートルのやぶが生い茂っていたため「周りに家もない。燃やせばいい」と試みると、火は一気に広がった。消防車が3台出動する騒ぎに。「青くなりましたよ」。そんなハプニングも超えた栄光だった。

史上初となる大東大の3冠から28年。黄金時代に入った青学大は2度目の3冠に挑む。どう見ているのか。

青葉氏 時代かな。社会的評価のある大学に選手が集まる。原監督も勝ち方を知っているし、勝つための豊富なメンバーも育っている。

一方で物足りない思いもある。前回大会でダブルエースと称された田村は3区、下田は8区の配置だった。「花の2区」ではない。

青葉氏 各校のエースが切磋琢磨(せっさたくま)した選手がオリンピックへ行く。「箱根から世界へ」とうたっているわけだから。つなぎの区間で勝るのもいいけど、エースは2区で勝負して欲しい。「箱根から世界へ」というものから外れてこないか心配もある。

箱根で勝つだけでない。次のステージへ進む選手育成を願う。

◆青学大の今季2冠 10月8日の出雲全日本大学選抜駅伝は1区橋詰大慧(4年)が第1中継所まで残り約700メートルで先頭に立つと、チームは最後までトップを譲らず、2時間11分58秒で、2年ぶり4度目の優勝を飾り、まず1冠。11月4日の全日本大学駅伝は7区森田歩希が東海大を逆転すると、アンカー梶谷瑠哉(ともに4年)が差を広げ、5時間13分11秒で2年ぶり2度目の優勝。史上初となる2度目の3冠に王手をかけた。