16年リオデジャネイロ五輪の陸上男子400メートルリレー銀メダリストの2人が対談した。第2走者の飯塚翔太(29=ミズノ)と第3走者の桐生祥秀(24=日本生命)。長く日本スプリント界を担ってきた存在が、1年後の東京五輪への思い、陸上界が抱える課題、そして未来につなぐ「陸上面白く見せ方論」などを和やかに、そして真剣にリモートで語り合った。【取材、構成=上田悠太】

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徐々にスポーツ界も日常が戻ってきたとはいえ、まだ新型コロナは生活に暗い影を落とし「五輪の是非」さえも問われる。そんな今を2人はどう感じているのか。

飯塚 五輪やらない方がいいんじゃない? といった意見も見たり、聞いたりします。風潮を完全に戻すのは難しい部分もあるかと思いますけど、やっぱりスポーツっていいなとしたいですよね。僕たちはスポーツで生きていますから。

桐生 スポーツやらなくてもいいじゃんと思われるのは悲しいですよ。

飯塚 ラグビーW杯でも思いましたが、スポーツにはエネルギーを届ける力があると思うんです。叫んだり、ストレス発散になったり、話のネタになったり。みんなで1つになる。

桐生 スポーツ選手は全員にはできないことをやっている。学校の授業だけでは、何か打ち込むものを見つけられない子供って、絶対いるじゃないですか。スポーツ選手も仕事の1つですし、夢や目標となるものを与えられる。それは1つ力だと思うんです。

五輪のメダル-。そこに宿る特別な力も感じる。飯塚が持っているリオの銀メダルは傷だらけ。理由は多くの人に触ってもらうからで、嫌な気など全くない。

飯塚 五輪のメダルの力ってすごいですよ。子供たちがすげーと目を輝かす。ある時、先生から「勉強を頑張るようになった」「何か打ち込むようになった」とか、子供にいい影響が出たって聞いたんです。渡して、見せただけなのに。

桐生 大げさでなく、本当に人生変わるのは五輪。

飯塚 本当に。アピールのステージとしては最高。

桐生 陸上も含めマイナースポーツの中では頂点で、結果によって一気に変わる。世界陸上を見てるのは陸上好きが中心だけど、五輪は国民が見てる。世界陸上、世界リレーのメダルも僕らとしては同じ世界のメダルでも、五輪は世間の見方は違う。昨秋のドーハ世界陸上の銅はラグビーとかぶっていたのもありましたけど、ブームは1カ月ぐらいで終わりましたよ(笑い)。

飯塚 全然違う。五輪は最低4年間持つからね。

19年の「大人になったらなりたいものランキング」で「陸上選手」は7位にランクインした。ただ、まだ野球やサッカーのように競技場を埋め尽くすことは難しい。未来へ向け、課題を感じている。

桐生 どう会場に来てもらうか。それを考えないといけないですよね。

飯塚 客席が遠くて、グラウンドレベルとか近くで見たい人は多いんじゃない。だからアングルいいし、テレビでいいかとなっちゃう。あと海外って家族や友達と楽しい時間を過ごすために競技場に陸上を見に行くんですよ。楽しい雰囲気を作らないといけないかな。

桐生 本で知ったのですけど、Bリーグが観客が入って、成功している1つの理由は「デートに行きたい場所」としたこと。陸上って「彼女と陸上を見に行く」とか、出勤、学校の後に気軽に行くって聞かないじゃないですか。試合の雰囲気が悪いわけではないけど、少し堅苦しいというか。

飯塚 野球とか飲みながら見るのも含めて、楽しいからね。神宮球場を「神宮居酒屋」って呼ぶ人がいるみたいに。あんな風に陸上もなったらいいよね。

桐生 あと陸上の世の中のイメージは、まだ100メートル、200メートルが強くて「行っても10秒、20秒で終わるじゃん」となっている。でも大会は短距離以外にも多くの種目があって、見方を変えれば、足が速い人も、高くジャンプする人も、遠くに投げる人も見られる。

既存の概念をぶっ壊すようなアイデアもある。種目の枠を超え、「陸上面白く見せ方論」は尽きない。

桐生 年1回でもエンタメ系のバラエティー的要素を入れた大会を作ったら、、絶対におもしろいし、すごみも伝わりやすいかも。

飯塚 最初はそこから入った方がいいよね。

桐生 棒高跳びとか近くで見たら、ビビりますよ。

飯塚 信号機の高さを普通に超えていきますから。

桐生 本物の信号を跳ぶのは危ないですけど、信号機のモデルを作って、棒高跳びで越えていくとか。

飯塚 100メートルでも一般の人の平均的なスピードを一緒に映像で映し出してみたり。陸上選手のスピードって、出てる選手がみんな速いから、差がなくて意外と伝わりにくいんですよ。

桐生 ボルトと同組の8着とか遅く見えますけど、めっちゃ速いですからね。

飯塚 やばい。

桐生 走り幅跳びとか8メートルだから、教室の端から端まで跳べる。だから砂場の横に教室のセットを作っちゃうとか。会場に子供を呼べば、陸上を好きになる子も出てくるかもしれない。

飯塚 他種目も見たいし、やりたいね。僕たちから動かないといけないと思う。

桐生 引退してからでなく、現役選手が実際にやらないと意味ないですよね。

飯塚 あと観戦に関して、実現できたら楽しいと思うのが選手目線のVR動画。選手目線見ると、超速く感じられるので。臨場感が出る気がするんですよね。

陸上界を俯瞰(ふかん)した、その奇抜かつ胸に落ちる言葉の端々には自覚がにじむ。リオの銀から意識も周囲の見方も変化した。

桐生 良しあしは分からないですけど、メダルでも喜ばなくなったというか。最低でも取れる自信が僕たちも付いているし、周囲もメダルは当然という雰囲気を感じます。期待度がすごく上がったのは感じます。

飯塚 リオ後にみんな個人の自己記録も更新した。それは練習を大きく変えたのではなく、注目度が上がり、人に見られてるから自然と自分を磨く。選手も高め合い、頑張らないとという意識が働いているかな。

東京は悲願の金メダルを期待される。個人でも結果を求める目標も共通する。

飯塚 リレーでは金。個人でも決勝に立ちたいです。多くの人がランニングはしてますけど、スプリントは違う。市民ランナーが市民スプリンターに変わるぐらいのブームを作れるような活躍をしたいです。

桐生 個人でメダルを取るのが目標ですね。まずは個人で活躍。もちろんリレーも。両方で活躍して、日本の陸上のファンを増やせたら、うれしいです。

リレーも個人も未到の偉業を成し遂げていく。