野球漬けの毎日でした-。強豪校の選手たちが高校時代を振り返り、よく口にする言葉だ。甲子園を目指し、授業以外は練習に明け暮れる選手たち。「野球に集中するため」恋愛は禁止する学校もある。

そんな中、恋愛を容認しながら、それを野球に生かそうという学校がある。千葉の中央学院(千葉)だ。18年に春夏の2季連続で甲子園に出場し、その後も常に県内で上位の結果を残している強豪校だ。相馬幸樹監督(42)は「恋愛は選手たちのモチベーションになればいい。『モテたい』と思うのは自然なこと。恋愛はダメなんて考えたことがない」と、07年の監督就任時から高校生の“青春”を容認してきた。

「野球選手はかっこよくあれ」と選手の恋愛を容認している中央学院・相馬幸樹監督(撮影・保坂淑子)
「野球選手はかっこよくあれ」と選手の恋愛を容認している中央学院・相馬幸樹監督(撮影・保坂淑子)

恋愛で失敗する選手を何人も見てきた

なぜ、高校球児に恋愛は禁止となるのか。彼女に依存してしまい、部活に集中できなくなるケースもある。相馬監督も、恋愛で失敗する選手を何人も見てきた。「最近も、彼女に依存してしまい、チームメートとのコミュニケーションが薄れた選手がいた。練習よりも彼女と遊ぶ時間を優先して、次第にチームでも浮いてしまったんです」。そこには、選手の家庭環境や性格も関係していたという。もともと、男友達には虚勢を張るタイプ。両親の離婚が重なり、彼女に甘え、依存してしまった。


目標と恋愛 両立には器用さも必要

相馬監督はチーム内での様子を観察し、伝えた。「うまく付き合わないとプラスにならないよ。彼女は大事にしてあげればいい。男友達と遊ぶのが楽しい時もあるぞ。今のままでは野球選手としてよくないんじゃないかな」。その選手は、監督のアドバイスを生かし、チームメートとのコミュニケーションを深めた。現在も彼女と付き合いながら、大学で野球を続けている。甲子園という目標を掲げ、恋愛もする。両立には器用さも必要だ。

練習でダッシュする中央学院の選手たち(18年1月26日)
練習でダッシュする中央学院の選手たち(18年1月26日)

最低限のルール 女子マネジャーとの恋愛は禁止

とはいえ、中央学院でも恋愛はすべて許可されているわけではない。最低限のルールは決めている。「女子マネジャーは、選手たちのサポートをするためにいる」と、女子マネジャーとの恋愛は禁止。SNSへの写真投稿も禁止だ。「見せびらかす必要はないでしょう。彼女はそれで優越感を感じるかもしれないが、男にとってはマイナス。イジられたくなかったらやめなさい」と、選手たちに話している。


他には言えないけど、彼女、彼氏には話せる

恋愛のリスクを理解していながらも容認するのは、選手にとってマイナスよりもプラスの効果が高いと判断しているからだ。「『見られている感』がないとダメだと思うんです。彼女がいることによって、こんな自分じゃダメだとか、レギュラーにならなければダメだとか、そういう選手の心理はプラスに働くと思います」。成長期の多感な時期に、彼女の存在が精神的支えになるのも大きい。「目標が高ければ高いほど、ストレスがかかります。それをサポートしてもらうネットワークの1つとして彼女がいるのは大事なこと」。誰しも「他には言えないけど、彼女、彼氏には話せる」という経験はなかっただろうか。いろいろな人の支えを得て成長するために、恋愛は必要なことかもしれない。

夏の甲子園出場を決め、マウンド上で喜ぶ中央学院の選手ナイン(18年7月26日)
夏の甲子園出場を決め、マウンド上で喜ぶ中央学院の選手ナイン(18年7月26日)

自分に自信を持っていないと、野球もダメ

選手によく言う言葉がある。「自分に自信を持っていないと、野球もダメだぞ」。自信を持つには日々の生活での成長が不可欠。「指導をしていて、野球がよくなってくると、目つきが変わってくるんです。例えば、キャプテンをやらせると自信が出てきて目が変わってくる。カッコよく見えてくる。男として、そういうことは必要です」。野球を通して自分を磨くことで、選手はより大きく成長する。


チームメートからより、女子マネジャーに言われる方が心に響くこともある

昨年、同校野球部OBの円城寺健人さん(27)と、1学年上の女子マネジャーだった愛織さん(28)が結婚した。現役時代は付き合っていなかったが、卒業後に再会。当時、健人さんの恋愛相談に乗ったことで、意気投合。付き合い始め、結婚した。現役時代は奥手で彼女はいなかったという健人さんだが「彼女のいるチームメートはいて、相談にも乗ってくれているみたいでした。そういう存在はあってもいいかな、と思いました。また、休みの日に遊びに行ったと聞くとうらやましかったですね」と当時を振り返る。活躍できれば、自分もモテるかも!? そんなチームメートもいたという。「全校応援や、スタンドに女性や学生も来るので、モチベーションにはなりました」。女子マネジャーの存在も大きかったという。「きつい練習や試合でミスをして怒られても、マネジャーはいつもプラスのことを言ってくれる。チームメートから言われるよりも、女性に言われる方が心に響くこともある。つい『甲子園に連れていってあげたい』という気持ちになるんです」。

中央学院時代の円城寺健人さん(左)。右は双子の弟、勇人さん(13年7月12日)
中央学院時代の円城寺健人さん(左)。右は双子の弟、勇人さん(13年7月12日)

恋愛でしかわからない楽しさとか、幸せな気持ち

愛織さんも選手の思いに寄り添い、接していたという。「落ち込んでいる部員には、一緒に落ち込まずに明るくテンション高く接する。あえて他の話題で元気づけていました」。現在、健人さんは会社の軟式野球チームに所属。愛織さんが応援に来る時は「今日は打たないと!」と気持ちが入るそうだ。2人は「恋愛でしかわからない楽しさとか、幸せな気持ちがあると思う。うまく野球と両立して、学生生活を送ってもらえたらと思います」と口をそろえる。


「僕らはベンチャー。老舗と違うアプローチできる」

相馬監督は大学院でスポーツ心理学を専攻。現在も選手への技術指導はもちろん、モチベーションに変えるためのアプローチなど、研究を続けている。「例えば、大阪桐蔭の選手たちは常にモチベーションが高い。プロを目指しているし注目をされているから。選手にとって実はこの違いが大きいのです」。このモチベーションをつくるためには、いろいろなアプローチが必要だ。「僕らは例えて言うならベンチャー企業。老舗の学校とは違って、いろいろなアプローチができるのが強みですからね」。新しいチャレンジがチームを強くする。恋愛もその1つなのかもしれない。

夏の甲子園出場を決め、中央学院ナインに胴上げされ宙を舞う相馬監督(18年7月26日)
夏の甲子園出場を決め、中央学院ナインに胴上げされ宙を舞う相馬監督(18年7月26日)

野球選手はかっこよくあれ

今年4月からは、丸刈りを廃止した。「野球をやっている姿がかっこよければ、髪形なんで関係ないでしょう」と笑い飛ばす。最近は目的意識が明確となり、選手に自主性が芽生えてきたという。「本当のかっこよさって、実は一生懸命やっている姿だったり、ロジカルというか、自分がどうやってチャレンジして、何をしたのか。その姿が女の子にモテるんですよね」。

野球選手はかっこよくあれ-。甲子園を目指すためには恋愛必要ない? 実は、選手の心を育てるために、恋愛も必要なツールかもしれない。相馬監督は甲子園を目指しながら、より現代社会に根差した指導にチェンジしている。【保坂淑子】


◆相馬幸樹(そうま・こうき)1979年(昭54)10月16日、千葉県生まれ。市船橋(千葉)で投手として96年、97年夏の甲子園に出場。大阪体育大卒業後は、シダックスで故野村克也氏の下でプレー。引退後は大阪体育大大学院へ進学しスポーツ心理学を専攻した。07年に中央学院野球部監督に就任。現在も技術に加え、選手のモチベーションを作るためのアプローチなど、研究を続けている。