木村敬一と富田宇宙のワンツーフィニッシュは、日本中の涙を誘った。2歳で失明した30歳木村と、次第に視力を失った32歳富田。水泳男子100メートルバタフライ(視覚障害S11)の2人は、幼少期からライバルだった五輪の瀬戸大也と萩野公介とは違う。「切磋琢磨(せっさたくま)」も違和感がある。そこには、パラ競技ならではの特別な2人の関係がある。

4日の一夜明け会見で、富田は「木村君がリオで逃したのを見て、次の東京では金メダルをとってほしいと思った」と話した。今も「応援したい気持ちは消せなかった」と明かした。

リオ大会の前から、2人は選手のサポートなどを行う「フリースタイル」の練習会で一緒に泳いでいた。S11の木村はリオの金メダル、S13の富田は東京大会出場を目指し、異なる舞台で競っていた。「リオで勝ったらサンバを踊る」という木村に、競技ダンス部出身の「見える」富田が教える映像も残っている。着順を争う関係ではなかった。

関係が一気に変わったのは17年、富田のクラスがS11になってからだ。これまで金メダル獲得を応援してくれた盟友が、いきなり強敵になった。木村は「宇宙さんがいたから、強くなれた」ときれいに言うが、内心は怖かったはず。「どうして」と思っただろう。

視覚障がいなど進行性の疾患が多いパラ競技で、クラスが変わるのは珍しくない。S11には、常に障がいの軽いクラスから強敵が降りてくる可能性がある。今大会S113冠のドルスマン(オランダ)は19年にS12から来たばかり。クラス変更で勢力図は一変する。

もっとも、リオ3冠で木村の金メダルを阻んだスナイダー(米国)のように、競技を変えてしまう選手もいる。木村の米国行きを橋渡しした最大のライバルはトライアスロンに転向し、今大会金メダル。競うべきライバルが消え、新たなライバルが出現。五輪では考えられないことが起きる。

いきなり光を遮断するブラックゴーグルを着け、コースロープに激突する恐怖を感じながら泳ぐ富田は大変だっただろう。ただ、S13からS11になり、東京大会出場の夢がメダルの目標に変わったのは確か。それでも、木村との関係はずっと複雑なままだった。

アスリートとして失格でも「キムに勝って欲しい」という富田の気持ちは分かる。「金メダルがほしい」という2つの気持ちを持ったまま、大会に臨んでしまった。ただ、クラス分けに選手の意思は関係がない。3年後、誰と争うかも分からない。それがパラ競技。2人のドラマチックな関係性を知ると、感動の涙はさらに増す。【荻島弘一】