サッカー女子ワールドカップ(W杯)フランス大会が閉幕して約1カ月が過ぎた。高倉麻子監督のもと、2大会ぶりの優勝を狙った女子日本代表「なでしこジャパン」は決勝トーナメント1回戦でオランダに1-2で敗れ、16強で大会を去った。優勝したのは、日本がここ2大会連続して決勝で対戦していた相手であるFIFAランキング1位の米国。絶対女王が2連覇を果たし、ピッチ内外であらためてその勢いを示した大会だった。


そんなことを記憶している人が今、どれだけ日本にいるだろうか。


W杯でオランダに敗れ、鮫島(手前)をねぎらう高倉監督
W杯でオランダに敗れ、鮫島(手前)をねぎらう高倉監督

優勝した2011年ドイツ大会での“なでしこフィーバー”から約8年。チームとして国民栄誉賞も授賞するなど、広く国民に知られ、親しまれた日本女子サッカー界は正念場に立たされている。

今大会の日本代表メンバーの中で、4年前の15年大会を知るメンバーはわずか6人のみだった。なでしこの象徴的な存在だったMF澤穂希は引退し、15年カナダ大会で主将を務めたMF宮間あや、FW川澄奈穂美、大野忍ら、あのフィーバーの中心にいた選手たちの名前はもうない。高倉監督は、さまざまなリスクも承知の上で世代交代を進めた。しかし、現実を見せつけられる形でチームは16強で敗退。メンバーを刷新して若返ったチームの船出と見れば御の字の結果ともいえるが、国内の女子サッカー人気復活のきっかけにはならなかったのが実情だ。


2011年W杯で優勝したなでしこジャパン
2011年W杯で優勝したなでしこジャパン

こうした状況には選手たちも危機感を抱いている。そもそも今大会は16年リオデジャネイロ・オリンピック(五輪)出場を逃し、15年W杯以来、4年ぶりに臨む真剣勝負の国際大会だった。11年、15年、そして今回と3大会連続でW杯に出場してきたFW岩渕真奈は「リオ五輪を逃して、女子サッカーは1回どん底まで落ちた」と語ったことがある。代表の成績が落ちるとともにメディア露出は減り、人気にも陰りが出始めた。国内のなでしこリーグ1部の1試合の平均観客動員数もW杯を制覇した11年は前年の912人から約3倍増の2796人となったが、以降は減少の一途をたどり、昨季は1414人にまで減った。若手選手の中には「世間の人にとって『なでしこジャパン』は11年のメンバーのままで止まっている気がする」と漏らす者もいた。それだけに「今回のW杯でもう1度」という思いは女子サッカーに関係する者全員が抱いていた。


W杯3大会連続出場の岩渕真奈
W杯3大会連続出場の岩渕真奈

「報道の量とかもそうですけど、日本はまだ女子サッカーがいろんな人に知ってもらえてないなというのは感じました」

W杯初出場となった20歳の新鋭DF南萌華は大会後に率直な気持ちを明かした。世界では欧州を中心に女子サッカー強化を進める機運が高まっており、今回のW杯8強国は、米国以外は全て欧州勢。「フランスの盛り上がりにもびっくりしました」と開催地フランスの女子サッカー熱にも舌を巻いた。「もっと女子サッカーを見に行きたいと思わせるプレーをしないといけない。見に来てくれた人が『女子サッカー面白かったよ』と言ってくれれば、少しでも見に来てくれる人が増えると思う。本当に全てはレベルアップだと思っています」と力を込めた。


W杯初出場だったDF南萌華
W杯初出場だったDF南萌華

同じくW杯初出場となった23歳のMF籾木結花は、W杯という舞台で女性アスリートの地位向上や男女間の賃金の平等、そして性的少数者の意見などを積極的に発信した米国代表の34歳ベテラン、MFミーガン・ラピノー主将の姿に感銘を受けた。

「11年のフィーバーは、震災で日本が落ち込んでいる中で勇気を届けるという存在意義があったからこそ、優勝して多くの感動を呼べたのだと思います。そういうものがなくなった時に、なでしこジャパンが何のために戦うのかというものがないまま進んでしまっているなと感じながら臨んだのが今大会でした。それを米国に圧倒的に見せつけられた」

その上で籾木は「女性に応援してもらいたいなというものもすごく感じています」と明かした。今春に慶大を卒業した籾木は、所属する日テレ・ベレーザの仲介するスポンサー企業などではなく、自らの希望でスポーツを通じた人材支援やコンサルティングなどを手掛ける株式会社クリアソンに入社。業務を行う中で「ビジネスで女性が頑張っている姿を自分の肌で感じられる部分があった」と語り、こう意気込んだ。

「日本は他の国に比べたらまだまだ女性の管理職が少ないという話も聞きます。そういうものを考えた時に、今の日本女子サッカー界は、男子サッカーよりも結果を残しているという風に見られているけど、それでも男女では(賃金や待遇に)差があり、プロ化できていない現状の中で戦っている。女子サッカーには男社会の中で頑張っているビジネスウーマンに共感できる部分がたくさんあるんじゃないかなと思っています。そこを多く巻き込んでいきたい」


W杯でオランダに敗れ引き揚げる、左から菅沢、清水、宇津木、籾木
W杯でオランダに敗れ引き揚げる、左から菅沢、清水、宇津木、籾木

そうした中で、今回のW杯後に日本の女子サッカー選手たちが立ち上がり、ひとつの試みを始めた。7月12日、代表主将のDF熊谷紗希らがユニホーム姿でなく、長いパンツにジャケットを羽織った姿で都内の会見場に登壇。女子サッカーの価値向上などを目指した活動を行う一般社団法人「なでしこケア」の設立を発表した。代表理事に就任した熊谷は「この活動を通して女子サッカーの価値を高めると共に、多くの少女たちになでしこを目指したいと思ってもらえるような存在になりたい」と力強く語った。

日本の女子選手の価値向上や引退後のセカンドキャリアの支援などを目指す同団体のホームページには「“サッカーは男のスポーツ”私たちは、こんな社会の偏見と向き合いながら競技を続けています」とつづられている。具体的には中学生年代の女子サッカー選手の受け皿が不足していることなどを課題に掲げる。選手の声を形にするプラットフォームを、選手たち自身の手でつくり出した。

熊谷も、ラピノーの発言などに影響を受けており「海外の選手は自分の将来についてすごく考えているし、発言や発信力など、誰が見ても引き込まれる。そういう存在に私たちもなれるようにしていきたい。自分たちの立場を理解した上で、責任ある発言はどんどん発信していくべきだと思っています」と言った。長く海外でプレーする熊谷らが先頭に立つことで、他の選手からも次々と賛同の声が上がっている。


なでしこジャパン主将の熊谷紗希
なでしこジャパン主将の熊谷紗希

女子サッカーを国民的なスポーツにする-。近いチャンスとして真っ先に思い浮かぶのは、来年の東京五輪だ。12年にU-20W杯が日本開催された際は、3位となった「ヤングなでしこ」をめぐる“ヤンなでフィーバー”が巻き起こった。観客は日本が勝ち進むにつれて増え、最終的には3万人に迫った。遠いフランスの地で戦った今回のW杯とは違い、地元開催では時差もなく、おそらくテレビ中継もされる。注目の集まる舞台で分かりやすい結果を残すことが、目指すべき最大の目標となるだろう。日本サッカー協会も女子代表の強化には目を向けており、田嶋幸三会長は今年4月、なでしこリーグを21年めどにプロ化する構想を明言。7月23日の理事会ではプロリーグ発足に向けた設立準備室の設置も決定した。

W杯で日本を破ったオランダのウィーフマン監督は欧州勢躍進の理由に、選手らのプロリーグでの競争の激しさを挙げ「高いレベルでプレーし、経験を積んでいるから」と答えた。プロ化することが全てとも言い切れないが、普段から厳しい環境でプレーすることが個々のレベルアップにつながることは間違いない。


日本に勝ち喜ぶオランダ
日本に勝ち喜ぶオランダ

日本も国内リーグがプロ化へと動き、加えて14年U-17W杯、18年U-20W杯を制した世代がA代表に名を連ねるようにもなっている。日本にも才能ある若手は多く、プロ化をきっかけに、圧倒的なカリスマだった澤や宮間のように長く代表を支えるスター選手が再び出てくる期待も高まってくる。

東京五輪まであと1年。人々の記憶に残り、文化として女子サッカーを発展させるべく、選手たちは奮闘していく。【松尾幸之介】