「自然体」で柔道にまい進する元世界女王が追い求めるゴールとは-。18年世界選手権女子48キロ級銀メダルの渡名喜風南(となきふうな、23=パーク24)は、独特の考えを持って20年東京オリンピック(五輪)代表を狙う。

2月のグランドスラム(GS)デュッセルドルフ大会(ドイツ)では、圧巻のオール一本勝ちで優勝を飾った。昨年11月のGS大阪大会に続いて2連勝。しかし、渡名喜は試合後、喜び以上に悔しさを口にした。「結果は良かったかもしれないけど、練習してきたことを試す上で完璧に出来なかった。正直、満足していない」。笑みを浮かべることもなく、淡々とこう振り返った。

2連覇を狙った昨年9月の世界選手権で、柔道の向き合い方について考える出来事があった。17年世界女王として「赤ゼッケン」で臨んだ大舞台。準決勝では世界ランキング1位のムンフバット(モンゴル)に残り17秒で指導3の反則勝ちしたが、決勝では“ウクライナの17歳の新星”ことビロディドに一本負けを喫した。身長が24センチ高い相手に奥襟をつかまれ、十分な組み手が出来ず、大内刈りで一撃。完敗だった。「自分の弱さを知った。(ビロディド)対策を入念にしたが、相手にその上をいかれてしまった。10%も力を出せずに終わってしまった…」。試合後、報道エリアで珍しく言葉に詰まりながら号泣した。

これまでにない落ち込みで、それ以降、敗因を追求するために自身と向き合い「自己分析」した。組み手や足技などの技術向上も必要だが、それ以上に「気持ちが重要」という結論に至った。「研究して、徹底しすぎても試合で柔軟に対応出来ないと意味がない。良い意味での遊びが必要だと思った。『1回戦に勝てたらラッキー』ぐらいのリラックスした気持ちで臨んだ方が結果が出ることが分かった」。

対策として「柔道を忘れる日」を作った。休日は、柔道に一切関心のない友人らと食事などに出掛けた。社会人1年目として仕事の苦労話やプライベートなどのたわいもない会話で盛り上がった。趣味が1人旅でもあり、沖縄など国内旅行もした。車を停車して風景などを撮影していると、なぜか地元の方に「一緒に撮るよ」などと声を掛けられることが多く、一期一会も楽しんだ。

沖縄県南風原町出身の両親を持ち、4人姉妹の末っ子。相模原市で育ち、自称「野性児」で木登りなどの外遊びが大好きだった。幼い頃から父庸吉さんと一緒にテレビ観戦していた格闘技に魅了され、9歳で柔道を始めた。自宅近くの名門吉田道場に通い、同市立相原中では女子57キロ級世界女王の芳田司(23=コマツ)らと切磋琢磨(せっさたくま)し、懸命に畳上で格闘した。東京・修徳高を卒業後、帝京大に入学すると結果が出ず、葛藤する日々が続いた。そんな時、母和美さんから「死ぬこと以外、かすり傷」とポツリと言われた。「テレビで知らないおばあちゃんが言っていた言葉で、それをそのまま伝えたみたい。『試合で負けても死ぬわけじゃない』『また、頑張れば良いじゃん』という意味らしく、確かにそうだなと思った。この一言で気持ちが楽になった」。渡名喜は今もこの言葉を胸に刻み、大切にする。

20年東京五輪の代表争いでは、16年リオデジャネイロ五輪銅メダルの近藤亜美(23=三井住友海上)が猛追する。4月6、7日の全日本選抜体重別選手権(兼19年世界選手権代表最終選考会)では、両者が順当に進めば決勝で対決する。「近藤選手を意識しすぎてもいけない。自分をしっかりコントロール出来れば優勝出来る。互いを知っている国内8人の戦いなので、投げにいくのではなく勝ちにいく」と、現状を冷静に見つめた。

東京五輪を大きな目標とするが、決して五輪が「ゴール」ではない。1年4カ月後に迫る初の大舞台に向け、独特の表現でこう言った。「気持ちの焦りはない。その時までに出来ないことをクリアにすれば自ずとチャンスはある。それ以上に東京五輪までに、昔のように柔道が楽しいという気持ちでいけたら良いな。『金メダル=楽しい』でもない。自分が納得する柔道が出来た時が楽しいになると思う」。

じっくり話を聞くと、他選手とは違う感性を持って柔道に取り組んでいることが分かった。世界女王を経験して、日を追うごとに周囲の期待や重圧の高まりを体感するが、自身の根本やゴールとするものは「柔道を心から楽しむこと」だ。おっとりした性格で、時間に追われることを苦手とする23歳の柔道家。日本発祥の競技で“金メダル絶対主義”の柔道において、結果以上に「自分らしさ」を求める。柔道の日本代表として常に結果が求められる中、個人的にはこんな柔道家がいても良いと思う。「死ぬこと以外、かすり傷」。これからどんな試練が待ち受けようと、その覚悟と準備は出来ている。【峯岸佑樹】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

グランドスラム・デュッセルドルフ大会で優勝した渡名喜風南
グランドスラム・デュッセルドルフ大会で優勝した渡名喜風南