新しい仲間を待ちわびながら、その女子空手部員はたった1人で稽古に励んでいる。偉大なOBの存在も励みにして。

法政大3年の市瀬恵さんは、2年生の春に空手を始めた。所属するのは剛柔流空手道部という公認サークルで、創部50年以上の歴史を誇る。多くのOBの1人が、次期、自民党総裁、首相の有力候補と目される菅義偉氏。その大先輩について市瀬さんは「直接お会いしたことはありませんが、当時のことを知る方から、努力家で根性のある方だったとうかがっています」。

総裁選に臨む大物OBから刺激を受け、後輩たちの稽古現場もますます活気づいているかと思いきや、どうやらそうともいえないようだ。部員不足が顕著だったところを、コロナ禍が直撃。練習はままならず、少なかった部員はさらに減った。キャンパスで新入生を直接勧誘する機会は8月を過ぎてもまだなく、実質的な部員は現在、市瀬さんしかいない。つい先日には頼りにしていた主将の退部も知り、「びっくりしたし、ショックだった」。戸惑いを感じつつも、「自分が主将をやる覚悟はできている」と腹をくくる。

空手歴はまだ1年半程度。中学時代は合唱部に所属し、長野・松商学園高に進学すると、放送部員として全国大会に出場した。「運動神経はよくない」と苦笑いを浮かべるが、大学に入る前から尊敬していた2人の人物がいずれも空手経験者だったことから、いつか自分も空手をやってみたいと憧れ、現在のサークルに途中入部した。

感染症拡大の影響で道場に通えない今は、オンラインで岡崎監督らから指導を受け、形の練習などに励む。ときには動画サイトで、東京オリンピック(五輪)に出場する清水希容らの演武を研究。一流選手の動きを憧れのまなざしで見つめながら、「いつか少しでも近づければ」とモチベーションにしている。

入部当初は稽古についていくだけで大変だったが、周囲から丁寧な助言を受け、少しずつ上達してきた。「体力がついてきたと思うし、考え方にも柔軟性が出てきた」と自らも成長を感じている。それだけに、サークルを存続させたいという思いは強い。「先輩たちが築いてくださった伝統を守りたい。でも1人では力不足。どうしたら仲間を増やせるかを考えている」。

新入部員獲得にあたり、まさに時の人となりつつある菅義偉の名前は大きなインパクトを持つ。「でも、そこだけを強調しすぎては本末転倒になってしまう。もちろんその知名度の高さに力を貸してもらいながら、剛柔流空手道部の魅力そのものを伝えていきたい」。たった1人の現役部員は、どんなときでも前向きな気持ちと冷静さを忘れない。それは先輩から後輩へ、脈々と受け継がれてきた要素の1つかもしれない。【奥岡幹浩】(日刊スポーツ・コム/スポーツコラム「WeLoveSports」)