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ママさんジャンパー福本、モスクワで舞う

ママさん選手として活躍が期待される福本幸
ママさん選手として活躍が期待される福本幸

 「娘が最近、家で遊んでいるときに背中をそるんです。走り高跳びの真似でしょうか。でも競技に興味を持ってくれているなら嬉しい」。目を細めて話すのは女子走り高跳びの第一人者・福本幸(みゆき=36、甲南学園AC)だ。甲南大で非常勤講師として勤務しながら陸上部を指導。家では3歳になる娘を育てる母親だ。

常に日本のトップ

 大阪・淀中で陸上を始めるとすぐに頭角を現した。中3時には全日本中学大会で1メートル72を跳んで優勝。夙川学院高(兵庫)時代には高校歴代5位となる1メートル81を記録。大学時代には全日本インカレで3度優勝するなど常にハイジャンプ界のトップロードを歩んできた。社会人となってからもその歩みを止めず、06年には日本選手権を初制覇。以降、4連覇を含む6回の優勝を誇る。

 福本が世界で戦うのは07年の大阪での世界選手権以来2度目。02年に社会人となった福本は04年に自己記録を更新するものの世界を狙うという発想すらできないほど仕事に追われた。結婚、出産を経て復帰した福本は今年36歳となったが、衰えは全くない。4月の豪州選手権で9年前に記録した自己記録に並ぶ1メートル92の大ジャンプをみせ参加標準記録Bをクリア。日本選手権でも1メートル90の安定したジャンプで優勝し、堂々とモスクワ世界選手権の切符を勝ち取った。

結婚、出産が転機に

甲南大で7月16日に行われた「福本幸選手壮行会」には指導する陸上競技部の学生も大勢駆けつけた
甲南大で7月16日に行われた「福本幸選手壮行会」には指導する陸上競技部の学生も大勢駆けつけた

 ママさん選手として注目を集めるが、「本当は引退してから結婚しようと思っていたんです」と少し照れたような表情で語った。「同世代でも結婚に踏み込めない競技者は多い。私も昔からずっと、記録の足かせになりそうなリスクは排除した方がいいと思っていた。恋愛にのめり込んだり、楽しいことができると練習がおろそかになりそうで…」とスポーツ界にはびこる“常識”を口にした。恋愛禁止を自分に課し、ストイックに自分を追い込む競技者は多い。特に女性アスリートは、結婚や出産と同時に競技を引退するのが普通ともなっている。福本自身も「結婚や出産と競技との両立はできないのでは?」と感じていたという。

 転機はその後に夫となる義永さん(よしひさ=40、京都陸協)との出会いだった。ともに走り高跳びの選手で、競技人口の少ない関西実業団の中では必然の出会いだったのかもしれない。「一緒に練習をする間柄になって距離が近付いた。デートする時間もなく、忙しい中で時間を見つけては練習するようなジャンプが好きな人。本当に尊敬できる人」と当時を振り返る。そして「この人なら結婚しても自然体のまま自分を変えないでいい」と結婚を決意した。

 福本にとって結婚はマイナスに働かなかった。精神面はもとより、今も現役選手として競技を続ける夫の技術面での助言はプラスに働く。「踏切位置が大切な要素なのですが、なかなか自分では気付けないことが多い。いつも見てくれる人がいるのといないのでは大違い」と競技上でも大きな存在となっている。走り高跳びという競技は跳躍力ばかりが注目されるが、実は技術力がものをいう競技でもある。そのため経験を重ねてベテランになってから記録を更新する選手も多くいる。福本もその1人だ。

娘の存在がパワーになる

甲南大の岡本キャンパスでリラックスした表情を見せる福本幸
甲南大の岡本キャンパスでリラックスした表情を見せる福本幸

 そしてもう1人、福本の強い味方がいる。「実は娘を授かったのはアキレス腱炎で苦しんでいた時。(妊娠が)分かった時には、逆にケガに感謝しました」と振り返る。「娘がお腹にいるとき、この子はこの子のやりたいことをして欲しいと願った。だから私自身も悔いのないように、自分の夢は自分でケリを付けてやろうと腹をくくり、競技と向き合えた。彼女に救われたと思う」と、出産をマイナスに考えずに現役続行を決めた。

 ママさん選手として注目を浴びるが、「やるからには結果を出したい。私がダメだと、結婚したり、子供を産んだら結局、記録を更新するのはは難しいと思われる。続ける限り責任を持ちたい」と第一人者の自覚を見せる。大学でも学生を指導するが「“結婚してもやれるで”って伝えたいんです」と笑った。

 先月28日には調整を兼ねてトワイライト・ゲームス(代々木)に参加。「自己新(記録)を出す意気込みだったのに、空回り」してしまい1メートル74という低調な記録での優勝に終わった。代表に内定して以降、壮行会など多忙なスケジュールで想像以上に疲れがたまり、「周囲から期待と注目を受けて頑張らなきゃという思いが強過ぎた」と反省する。

 「私はスーパーマンじゃない。私は高跳びが好きだからやっているんだと思い出したんです」。走り高跳びという競技は、自分でイメージした跳び方を体現して記録をクリアするおもしろさが魅力だと力説する。大会当日の競技場のコンディションや天候、全てのことに冷静に対応しながら記録に挑む。来場する家族の存在と経験を武器に、モスクワで自己記録更新を目指す。

◆福本幸(ふくもと・みゆき)
 1977年(昭52)1月4日、大阪府生まれ。旧姓は青山。甲南学園AC所属。専門は走高跳で現在の日本女子の第一人者。夙川学院高、甲南大卒、中京女子大大学院修了。中学教員になり2年目の04年に1メートル92の自己ベストを記録、アテネ五輪の参加B標準をクリアしながらも出場は叶わず。07年に世界陸上選手権大阪大会に出場。結婚、出産を経て13年4月に再び1メートル92の自己タイを記録した。勤務先の甲南学園では陸上競技の指導の傍ら、同校のスポーツ強化支援室で働いている。またスポーツ情報ポータルサイト「甲南スポーツ」
http://univ.nikkansports.com/school/konan/)で情報を発信する。身長は172センチ。

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