坂井聖人(20=早大)は、1分54秒24の4位と0秒14差でメダルを逃した。1年先輩の瀬戸大也(21)に憧れて早大入学。先輩の背中を追って練習に励んだ。初の世界舞台でメダルこそ逃したものの、初めて先輩を超えた。来年のリオデジャネイロ五輪に向けて、競泳界に新星が誕生した。瀬戸は1分55秒16の6位に終わった。

 メダルはもう目の前にあった。残り50メートルを2位で折り返したのは瀬戸ではなく、早大で1学年後輩の坂井だった。懸命に腕を振ったが、3位に0秒14差の4位。「4番と見えた瞬間、悔しすぎて、動けなくなった」。メダルこそ逃したが、無名の20歳が大健闘の泳ぎを見せた。

 「瀬戸選手がいるから」と早大に進学。入学後も所沢キャンパスでの練習では瀬戸の泳ぎを盗むように見た。今年6月下旬からは標高2100メートルの米フラグスタッフで、瀬戸とともに約3週間の合宿を張った。持久力を養うとともに、瀬戸のスタート、ターンなど細かい技術も学んだ。

 予選では偶然にも瀬戸と隣のレーンで泳いだ。予選では3位の瀬戸に対して7位となり、準決勝では再び横のレーンになると、1分54秒75と自己ベストで初めて瀬戸を破った。実は早大監督でもある奥野景介コーチからは「大也にずっと頼っていくと、一生勝てない。いつか自立して、自分でレースをつくることにチャレンジしないとだめ」と言われていた。その言葉を胸に決勝の舞台に立ち、瀬戸超えを果たした。

 不屈の闘志を持つ。福岡・柳川高時代は1年時に活躍も2年時に低迷。だが、そこから踏ん張り3年時にスランプを脱出し記録を出した。奥野コーチは「精神的な強さがある」と勧誘を決意。本人、関係者には「絶対五輪代表にするし、メダルを狙える選手にする」と宣言し、早大に入学させた。

 入学後は瀬戸の陰でしっかりと実力を育んだ。昨年8月のパンパシで初代表。200メートルバタフライで4位に終わり、メダルを逃したが、世界を肌で感じることができた。「リオの代表権が取れたら、4番の悔しさを晴らしメダルを取りたい」。ノーマークの伏兵が世界に、存在感を示した。【田口潤】