「頑張れよ」-。

シンプルなその言葉を胸に刻み、帝京大プロップ奥野翔太(4年=常翔学園)は、3年ぶりの優勝を決めるピッチに立った。背番号は「3」。177センチ、114キロの男はチームがこだわるスクラムの柱を担った。

11月20日、会場は同じ秩父宮ラグビー場だった。対抗戦3連覇を目指す明大との大一番。背番号「3」をつけ、先発したのは同じ4年の細木康太郎主将(桐蔭学園)だった。後半16分、細木は右ふくらはぎを痛めて途中交代。奥野はバトンを受け、勝利へと導いた。

この日、全国大学選手権を見据え、主将は大事を取ってベンチを外れた。試合前、奥野は細木から「頑張れよ」と背中を押された。

「その一言にいろいろな意味がこもっていて、頑張って、やり切ることができたんだと思います」

大阪の名門、常翔学園高では主将の大役を担った。帝京大に進学後、3年時の全国高校大会で4強入りし、高校日本代表に選出された細木と仲間になった。2年時の対抗戦開幕戦は自らが先発。最終戦先発は細木だった。常に競い合った。

21年1月、新チームになり、主将を最上級生で選んだ。奥野は細木を推した。

「細木を推薦しました。細木になってほしかった。もちろん彼が主将になると『自分の(出場)時間が少なくなるかもしれない』とは思いました。そうなったとしても、細木に魅力を感じていた。『いいな』と思っているのは『勝ちたい』という気持ちが前面に出ているところ。とてもいいキャプテンと感じています」

そのライバルが、ピッチの外で見守っていた。

この日、奥野はスクラムを押した。ひたむきに体を張った。7点を追う前半23分、味方のパスを受けると、力強く縦に突破してトライ。2点差に迫り、味方のゴール成功で追いついた。3年ぶり10度目の優勝。「プレーヤー・オブ・ザ・マッチ」に選ばれると、屈託のない笑顔になった。

「スクラムに関しては4年間やってきたこと、自分が積み重ねてきたことがありました。久しぶりの3番で、対抗戦で長く出るのも久しぶり。たくさんの苦労があったんですが、それを乗り越えてたどり着いた」

試合後の記者会見。ネクタイを締めた正装だった細木が、少し照れて言った。

「3番(右プロップ)にしか分からない悩みを、奥野とは話せます。ラグビーの話だけではなくて、プライベートでも緻密な関係を築けている。奥野が近くにいてくれて、僕自身心を許せる、よりどころです。ただ甘える関係ではなく、ポジションを争うという、苦しいこともお互いできる。苦しいこと、少し甘えられる部分…。同じポジションで、とてもいい存在です」

戦いの場は4季ぶりの日本一を目指す、全国大学選手権へと移る。

2人のゴールは、ここではない。【松本航】