日本一を決める体重無差別の伝統大会に、昨夏パリ五輪(オリンピック)日本代表4選手が出場し、男子100キロ級で7位のウルフ・アロン(29)と71キロ級で銅メダルの橋本壮市(33)の3回戦(ベスト16)が最高だった。66キロ級で五輪2連覇の阿部一二三(27)は1勝して2回戦で敗退、最軽量60キロ級の永山竜樹(29=全員パーク24)は初戦で約100キロ重い大会最重量の大学生と当たり、一本負けで敗退した。
五輪の翌年はメダリストに、世界選手権の翌年は優勝者が「推薦選手」として出場できる中、阿部が初出場を決断。橋本と永山は2度目の挑戦を決めた。パリで表彰台を逃したウルフは3月の九州地区予選で本戦の出場権をつかみ、現役最後と位置づけた個人戦の畳に立った。
◆最大約100キロ差の永山 初戦の1回戦で押しつぶされた。最も軽い階級から唯一の参戦で、最も重い100キロ超級で160キロの筑波大4年、入来巨助(おおすけ)と対戦。開始1分44秒、払い腰で一本負けした。減量なしの66キロまで増やして挑んだが、約100キロ差は覆せなかった。
「重すぎました。ちょっとでも失敗したら殺されると思って(笑い)。投げられた時は大丈夫だったんですけど、その前に技を耐えた時は衝撃が大きすぎて、本当に死を覚悟した。次は105キロとか110キロくらいの選手と当ててほしい」
◆最大約50キロ差の阿部 五輪2連覇王者の冒険は2回戦で幕を閉じた。72~73キロで初の体重無差別試合を迎え、約50キロ重い120キロの鈴木太陽(天理大4年)と対戦、仕掛けた大内刈りを返されて浴びせ倒された。
1回戦は突破して期待に応えた。81キロ級の佐藤佑治郎(23=山形県警)を相手に、開始「1分23秒」で一本勝ち。自身の名と同じ時間に代名詞の袖釣り込み腰を繰り出し、場内を沸かせた。
「いつか歴史ある全日本選手権に出たいと思っていて、畳の上に立てて、すごく幸せ。改めて柔道が好きだな、と。最後(残り1分弱を逃げて)旗判定に持ち込むのはセコい。自分らしく投げにいって返されたのでスッキリしているし、悔いはないです。重量級と組むと(左手2カ所の流血もあり)指が飛んでいくぐらい痛かったですけど、最後の1分は正直もう腹くくってやろうかなと。勝負できて良かった」
◆最大約60キロ差の橋本 中量級では快挙の2勝を挙げた。1回戦は32キロ重い福永夏生(山口県警)を攻め続け、旗判定で快勝の3-0発進。2回戦は1階級上の菅原幸大(SBC湘南美容クリニック)から開始2分51秒、大内刈りで技ありを奪った。体重差8キロほどの相手には貫禄で勝ち切った。目標の8強が懸かった3回戦は、登録体重で57キロ重い木元拓人(日本製鉄)に挑戦。3分7秒、上四方固めで抑え込まれて一本負けしたが、晴れやかな表情だった。
「本当に神聖な場所で、柔道家なら誰もが目指す舞台。体は違っても気持ちは負けなかった。全日本は最後と決めていて(橋本スペシャル=変形の袖釣り込み腰を繰り出すなど)持っている力を全て出し切れたので、悔いはない。この世界唯一の大会に向けて(同所属の)一二三や竜樹と対策を互いに話し合ったり、教え合ったりしてきました」
◆120キロまで増量したウルフ 100キロ級の21年東京五輪金メダリストは「最後の個人戦」を16強で終えた。1回戦は阿部拓馬(25=山形県警)に大外刈りで一本勝ち。2回戦で東部直希(25=日本中央競馬会)に3-0の旗判定勝ちをを収めたが、続く3回戦で前年王者の中野寛太(24=旭化成)と当たった。小内刈りで有効を奪われて敗れたが、屈指の人気者だけに、場内から温かい拍手が注がれた。
「もっともっと上を目指してやってきた部分があるので悔しい。最後(決勝)まで戦いたかったし、最後の最後まで負けるのは嫌だなと思えた。パリが終わって、もう4年後は目指さないと決めて。その後、ゴールを設定した方がモチベーションも上がるのかなと思って、この全日本を(個人戦)最後に決めました。こんなに大勢の方に見られながら試合ができて幸せ。大きな財産に変えていかないと」
【飯岡大暉、木下淳】


