近年、ラグビー界で認知度急上昇中のロゴがある。
IMON。
リーグワン1部の東京サントリーサンゴリアス(東京SG)、関東大学対抗戦の慶応大などのジャージーに記され、チームは活動のサポートを受けてきた。
そんなIMONとラグビーのつながりを知るため、日刊スポーツは井門グループの井門義博社長(69)に思いを聞いた。本日から2日連続、前後編で掲載する。【取材・構成=松本航】
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井門グループの公式サイトを開くと、事業内容に「小売り(宝飾品、鉄道模型)および不動産の賃貸とその関連事業」とある。
JR大井町駅から徒歩2分。井門大井町ビル内の店舗には、あまたの鉄道模型が展示されていた。
井門社長は「テレビで見ていて、野球も面白いけど『ラグビーも面白いよね』って思っていたんですよね。東ドイツに通っていて、ある日、1人でふらっと秩父宮に行っちゃったんですよ」とラグビーとの出合いについて切り出した。話は1970年代にさかのぼる。
「私は全然、スポーツはしていません。蒸気機関車(SL)の撮影だけです」
東京都で生まれ、慶応高、慶大と鉄道研究会に属した。ラグビーと密接につながるきっかけは中学、高校、大学同窓の仲間たちの存在。1973年(昭48)、急行「日南3号」が日豊本線で突如、蒸気機関車よるけん引となった。
「貨物列車が主で、客車でも大した仕事じゃないものしかやっていなかった時代に、急行列車を引かせるなんて大事件が起こった。それで友人は『こりゃあ、学校行っている場合じゃない』と九州に行った。高校生を5年間やっていました」
ゆえに彼を通じた後輩の友人が増え、酒席を共にし、各所へと撮影に出かけた。後輩の1人は大学卒業後、三井物産に就職した。
「そこにはラグビーの商社リーグというのがあったんです。体があるから、彼は社会人になってからラグビーに巻き込まれました」
そのチームメートには慶大ラグビー部OBが数多く在籍し、自然と仲が深まっていく。そんなメンバーに井門社長も交じり、卒業前の慶大4年生をねぎらう会を企画するようになった。
「コロナ禍までは隠密に“ご苦労様会”をやっていました。今は公式的に応援しているので、年に数回。1度に140人が集ったこともあります」
今季から大学ラグビー部の公式戦ジャージーにスポンサー企業のロゴマークを出すことが可能となり、母校慶大の伝統タイガージャージーの背面にも「IMON」と入った。
オフィシャルスポンサー契約の締結にあたり、同大学の青貫浩之監督は「126年という歴史の中で、常に挑戦を続けてきた慶応ラグビーにとって、今回のスポンサーロゴ掲出は新たな未来を切り開く重要な1歩です」と感謝を込めた。
長年、慶大のラグビーを見つめてきた井門社長も「青貫監督、私が大好きなタイプの人です。かっこいい。チームもあの監督だったら『負けずに頑張らないといけない』となるように感じるんです」とうなずいた。
自身が大学生のころ、偶然足を運んだのが東京・秩父宮ラグビー場だった。慶大と日体大による関東対抗戦。「こんなに面白いのか」と胸が踊った経験が原点にある。華麗なBKのパス回し、密集でのボール争奪戦。とはいえ、青春時代は蒸気機関車の撮影に没頭した。
ベールに包まれた東ドイツに足を運んだ。わずかに西側諸国に流れてくる情報を頼りに、蒸気機関車が残っていると考えていた。複雑なビザ手続きを経て入国すると、人々の服装や雰囲気が印象的だった。
「どんよりとしていたね。西側の人間は普通にしていても目立ってしまった」
苦労を重ねながら撮影し、写真集を西ドイツで販売すると飛ぶように売れた。
そうして現在も鉄道模型の事業を営む。持ち歩く名刺は2枚。機芸出版社の社長という肩書もあり、2025年4月に通巻1000号を迎えた月刊誌「鉄道模型趣味(TMS)」を発行する。そうした人生に、さらなる彩りを与えているのがラグビーといえる。
「ラグビーが大好きすぎるから、ちょっとでも縁があったら応援したくなるんですよね」
そう笑い、母校に限らない縁を語り始めた。(つづく)


