ラグビー日本代表のSO松田力也(29=埼玉)が司令塔としての戦いを終えた。4試合連続で先発した大一番。息の詰まる展開で攻撃の糸口を探し続けたが27-39で敗れ、1次リーグ敗退が決まった。この日も後半の難しい角度のキックも決めるなど、大会を通じて20本中19本の成功率。19年大会の悔しさを晴らすピッチで、最後まで奮闘した。

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松田のほおを涙がつたった。80分間、司令塔としてピッチを駆け、正確無比なキックを放ち続けた。「勝てる所まできた。悔しさしかない」。8強のその先を誓った闘いが終わった。

ボールが緩やな右カーブを描きながらポストの間に吸い込まれた。後半25分、WTBナイカブラが右隅にトライを決めた後、角度がない位置から右足を振り抜いた。27-29と猛追する大きな1本。この日も全4本を決め、4試合でキック成功率は95%(20本中19本)。仲間から「Tレックス(ティラノサウルス)に似ている」と言われる恐竜ポーズは代名詞になった。

4年前、W杯を8強で終えた時に誓った。「僕は23年にこの場所に戻ってきて、10番として試合に出たい」。出場時間は5試合で合計63分だけ。達成感はなく、強い決意だけが残った。雪辱の4年後へ危機を迎えたのは21年5月だった。

リーグワン最終戦でステップを踏んだ時に、左膝にラグビー人生で初の違和感が襲った。「大丈夫かもしれん。チームもここから、代表もあるし…。切れていたらどうしよう」。MRI検査中、頭の中を希望と不安が行き来した。結果は前十字靱帯(じんたい)の断裂だった。

京都市内の実家に戻り、「毎日死ぬほど」のリハビリを続けた。焦る心を救ってくれたのは桜の先輩だった。堀江からの「大けがした方が選手としてラグビー長くやれるから、よかったな」の言葉。「すごく深かった」。ケガから学び、自分の体を知り、より強くなれる。前向きな精神に勇気づけられた。

再起の過程で変えたのがキックの蹴り方。その新たなスタイルで、4年前とは違う「10番」として戻った大舞台だった。「8強以上を掲げて4年間やってきましたけど、まだまだいける。次の4年後へ、しっかり良い準備をしてやり続けたい」。まだまだ強くなれる。「日本の10番」の新たな4年間が、ここから始まる。