プレーバック日刊スポーツ! 過去の8月12日付紙面を振り返ります。1998年の1面(東京版)は、甲子園でノーヒットノーランを達成した鹿児島実業の杉内俊哉投手(現巨人)でした。

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<全国高校野球選手権:鹿児島実4-0八戸工大一>◇1998年8月11日◇1回戦

 夏真っ盛りの甲子園に快記録が生まれた。鹿児島実の杉内俊哉投手(3年)が八戸工大一(青森)相手に1四球の走者を許しただけのノーヒットノーランを達成した。138キロの速球と大きく割れるカーブで16奪三振。身長173センチの左腕が第69回大会(1987年=昭62)の帝京・芝草宇宙(現日本ハム)以来11年ぶり、史上21人目(22回目)、鹿児島県勢としては初快挙だった。杉内は大会11日目に、この日、柳ケ浦(大分)を破り春夏連覇へスタートした横浜(東神奈川)・松坂大輔投手(3年)と相まみえる。

 強気の心臓も、いつになく鼓動が速まっていた。杉内は額から噴き出る汗を、帽子を脱いで丁寧にふきとってから一息ついた。あと一人。こん身の力を込めた104球目の直球は遊撃へのハーフライナー。小倉のグラブに収まるのを見届けて、両腕を甲子園の青空に突き上げた。四球1個だけの完ぺきな投球で、11年ぶり21人目のノーヒットノーラン。「8回から意識したけど、まさかできると思わなかった。制球に気をつけて、最後まで強気で投げたのがよかった」。マウンドで一度も表情を変えなかった端正なマスクに、ようやく白い歯がこぼれた。

 縦に鋭く落ちるカーブが、偉業を支えた。苦手な立ち上がりをいきなり4者連続三振。直球、カーブを中心とした単純な組み立てながら、4回までで10奪三振。9回までにスコアブックに「K」マークを16個並べた。そのうち10個を、カーブで奪った。「杉内のカーブは教科書通りの基本的な握り。肩とひじが柔らかいので、あれだけの切れが生まれます」。竹之内和志コーチ(33)が天性の素質を証言した。女房役の森山も「右打者への内角低めのカーブは、これまで打たれた記憶がありません」と話した。

 常に三振を狙っている。いつも試合前は「27三振の完全試合をするぞ」と宣言してマウンドに上る。ベンチに戻るたびに、三振の数を確認。投手としてのこだわりだった。「三振をとるのはあこがれです。追い込んだらいつも狙っています。カーブが一番多いです」。鹿児島県大会でも47回2/3で64三振を奪っている。南国の「ドクターK」は甲子園でもいかんなく実力を見せつけた。

 陰で支えてくれた母へささげる勝利でもあった。この日は、母真美子さんの39歳の誕生日。母は杉内が妊娠9カ月の時に離婚し、父の顔も知らないまま育った。大野小1年で反抗期を迎えた。杉内は家の窓ガラスなどをたたき割った。「当たるところがなければ、自分の胸をたたかせていました」。母の大きな愛情に包まれて、杉内は成長した。

 この日が誕生日だと3日前の電話で思い出した杉内は、普段より一層気持ちを奮い立たせた。「母には今まで好きなことをさせてもらいました。この記録は最高のプレゼントになります。ウイニングボールも後で母に渡します」。ウイニングボールは大会期間中、甲子園のタイガース史料館の「ドラマチック甲子園」で展示された後、杉内の手に返る。

 常に「全国NO・1左腕」と自己暗示をかけてきた。この日も帽子のつばとボタンの裏側に記していた。「次は松坂君が相手だけど、投げ合って勝ちたい」。センバツ優勝投手との対戦で「全国一の左腕」を証明する。

◇高校生では打てぬ、ダイエー上田編成部長

1965年(昭40)の夏、三池工のエースとして全国制覇を成し遂げたダイエー上田卓三取締役編成部長(50)も絶賛だった。「杉内君のカーブは、高校生のレベルでは打つのが難しい。当てるのがやっとじゃないか」。杉内同様、カーブを武器にして甲子園を制した左腕が太鼓判を押した。ひじのしなりが、無敵のカーブを生むことを強調。「彼は天性のひじの使い方をしている。あれだけしなれば切れも良くなる。右打者は打ちづらい。どの球団も最後の最後までリストアップから外さない選手になるだろう」と高い評価を口にした。巨人の松本スカウトも「直球も含めた球の切れは、今でも十分プロで通用すると思っている」と話す。次の松坂との対決はスカウトにとっても見逃せない。

★日本ハム芝草宇宙投手(87年夏、東北戦で無安打無得点試合) おめでとう。僕は3三振で8四死球だった。毎回のように走者を出していたので、大記録という実感はなく、むしろ達成した時は、まずホッとしましたね。それにしても、1四球はすごい。時間がたてば完全試合を逃した悔しさが込み上げてくるかもしれませんね。

★巨人長嶋監督 テレビで見てました。あのカーブは高校生じゃあ打てないね。今日は、松坂より(杉内の方が)よかったね。

★鹿児島実OB・定岡正二氏(元巨人投手) 大変な記録を打ち立てたね。ドキドキしながらラジオを聴いてた。直球とカーブのコンビネーションがいい。次はV候補の横浜。僕らの時も「候補」東海大相模とぶつかった。同じ神奈川の強豪とぶつかる点で因縁を感じる。大記録を達成しても、喜ぶのは次の試合で勝ってからにしよう。

★巨人城之内邦雄スカウト「杉内は球に角度があり、切れがいい。カーブがいい左投手は大成する。身長がもう2、3センチあれば、文句なしに今ドラフトにかかる」

★広島渡辺秀武スカウト「球を長く持てるし、今年見た高校生左腕では杉内が一番。マウンド上で表情を変えずに常に冷静なのもいい」

◆杉内俊哉(すぎうち・としや)

◆生まれ 1980年(昭55)10月30日、福岡県大野城市生まれ。

◆球歴 大野小(福岡県大野城市)3年の時「大野城少年野球」で野球を始め、6年の時に全国大会に出場した。大野中では、「大野城ガッツ」でエースとして全国大会準優勝を果たした。

◆サイズ 173センチ、67キロ。足のサイズは28センチ。

◆パワー 握力は右55キロ、左59キロ。背筋力は235キロ。

◆ドクターK 1試合平均で2ケタは三振を取る。今年4月の日南振徳商との練習試合での21奪三振が最高。

◆ファミリー 母真美子さん(39)と姉静絵さん(19)。

◆リラックス 試合前にglobeやMAXの音楽を大ボリュームにして聴き、リズムに乗るようにしている。

◆血液型 A型。

◆投打 左投げ左打ち。

※記録と表記は当時のもの