<阪神4-1中日>◇12日◇スカイマーク

 感謝を込めたマウンドだった。球界を代表するリリーフエースに成長した藤川球児投手(28)が「火の玉ストレート」で真っ向勝負した。3点リードした9回表に登板。中村紀を外角球で空振り三振に片づけると、井端には内角球で空を切らせた。3者凡退で、今季最終戦の白星を呼び込んだ。それでも、笑顔はない。「特別な試合だったか」と問われると「う~ん、難しいね…」とわずかに話しただけだった。

 複雑な感情は、簡単には消えてくれない。10日の横浜戦に敗れ、V逸が決定。11日には、岡田監督が試合前に選手、コーチ陣に辞意を伝えていた。この日、中日戦のためスカイマークスタジアムに入った際には「複雑ですね。監督以上の監督がおるんかなというのが、いまの気持ちです」と話した。

 特別な感慨を抱くのも無理はない。藤川が阪神入団1年目の99年は、岡田監督が2軍監督兼打撃コーチに就任した年でもあった。プロ入りしたときの恩師は、いまの地位を築くきっかけも作ってくれた。1軍監督就任2年目の05年、藤川をセットアッパーとして抜てき。これに応えて、シーズン最多記録(当時)の80試合に登板し、防御率1・36の好成績を残した。ウィリアムス、久保田とともにリリーフトリオ「JFK」を結成。試合終盤を3人に任せる継投を確立し、リーグ優勝の原動力となった。

 08年。V逸した10日には「空っぽの状態や」と話した。この日で38セーブを積み重ねたが、報われなかった。18日からはクライマックスシリーズが始まる。球児の右腕は、リベンジに欠かせない。【酒井俊作】