<国民栄誉賞表彰式>◇5日◇東京ドーム
「でも、どうしてオレだったんだろうね」。松井秀喜氏(38)は、帰国直前のニューヨークで、ポツリとこぼした。この「どうして」は、受賞に対するものではない。恩師長嶋茂雄終身名誉監督(77)に対してだった。照れ笑いを浮かべるかのようだったが、ある意味で本音だったのだろう。国民栄誉賞の重みを感じる一方で、英才教育を施した恩師の意志、託されたバトンの意味について考え抜いた。現役を退き、近い将来、指導者として期待される今、松井氏の胸中には何が去来するのだろうか。
現役時代から常に穏やかな松井氏の表情が、ユニホームを脱ぐと、さらに柔和になっていたように思えたのは気のせいではない。昨年12月の引退会見後は、ニューヨークでゆったりとした時間を過ごしてきた。3月上旬の長男誕生後は、授乳、掃除、ゴミ捨てなど育児サポートもこなす。興味を持つ世界史などの文献を読み、英語の勉強に時間を割くことも増えた。
そんな休息から目を覚まされたのが、受賞の一報だった。知らせを聞くと、すぐに長嶋氏へ断りの電話を入れた。だが、今でも「監督」と呼ぶ恩師と話すうちに考えを改めた。
「実績で言えば、僕がふさわしいかは疑問。他にふさわしい先輩がたくさんいらっしゃいます。ただ、それだけ監督と縁があったということでしょう。僕はオマケみたいなものかもしれませんが、これまでの実績ではなく、これから日本の野球の力になってくれ、との強烈なメッセージだと解釈しようと思いました」
長嶋氏との師弟関係は言うまでもない。巨人入団後に始まった、宿舎や自宅でのマンツーマンの素振り指導は、ヤンキース移籍前年まで続いた。打撃練習で一番大切にしてきたことを聞くと、迷うことなく言った。
「やっぱり素振り。フォーム、体のキレのバロメーターになりますし、心と気持ちも鍛えられました。監督が伝えたかった100%のうち、程度は分かりませんが、かなりのことは理解したつもりです。素振りは古典的な練習。今の若い人たちが受け入れられるか分かりませんけどね」
指導者として現場に復帰するとなれば、周囲からは臆測や意見も出るだろう。メジャー移籍の際、巨人の親会社でもある読売グループとの間でわだかまりが残った時期もあった。だが、だれからも愛される松井氏は、特定の球団だけでなく、アマを含めた日本球界、さらに日米、アジアなどを含めた国際的な球界のリーダーとして力を発揮できる存在でもある。常に球界全体の発展を考える俯瞰(ふかん)した思考は、長嶋氏から受け継がれ、着実に養われてきた。
「今までも使命はあると思っていましたが、野球を愛する人たちに、日米10年間ずつで学んだことを伝えていかなきゃいけない。賞によっていろんな使命が増えたような気がします。これからはもっと大きな視野を持つ意識を持たなきゃいけないと思っています」
巨人時代に落合、清原、ヤ軍ではトーリ監督、ジーターらとプレーした。彼らと過ごした同じ時間を「宝物」と言う。それを余すことなく次代に伝えることを、使命と言い切る。
「もう少しゆっくりしたいけど、時間を無駄にできない気持ちもあるし、いつまでも悠長に構えていられない。また、ゼロからのスタート。自分に必要なもの、必要とされているもの、を考えていきたいです」
古典的な素振りを重んじる一方、日本とメジャーの違いを知り尽くす。長嶋氏から引き継いだ重いバトンを、いかに次の世代に渡すのか。話が進むにつれ、柔和だった表情はいつしか引き締まっていた。【取材・構成=四竈衛】




