<DeNA1-6中日>◇29日◇横浜

 偉業達成に祝砲を打ち上げた。中日谷繁元信捕手(42)が通算出場試合数を2831とし、王貞治(73=ソフトバンク球団会長)と並びプロ野球歴代2位となった。6回には左翼に4号ソロも放って自らの一打で節目を祝うと、守りでも先発大野を好リード。打線も3年ぶりの1試合5発と爆発し、快勝した。

 谷繁があの王に並んだ。プロ25年で積み上げた数字は実に2831試合。前夜、好リードで山井のノーヒットノーランをもり立てたベテランは節目の試合でパワーを示す4号ソロを左翼に運んだ。「バットに乗って芯に当たってくれた。風も良かったし」。記念の試合。1発を放ち自ら祝ってみせた。

 今季は通算2000安打、同1000打点と節目の記録ラッシュ。そのたびに口にするのは同じ。ブレない信念がある。

 「記録で自分が何か変わるかといえば、変わらない。野球しかできない人間ですから。その野球を毎日一生懸命やる。その積み重ねです」

 ただ、並んだのは偉大な「王さん」。安打、打点とはまた違った重みがあった。「あの世界の王さんに試合数だけでも並んだということは光栄ですね。僕なんかが比較してもらえるような方ではないので」と恐縮した。

 通算2000安打達成後の5月、福岡遠征で王さんと会話した。ソフトバンクとの交流戦前「ロッカーにわざわざおめでとうと言いに来て下さった」。その場で、間近に迫っていた通算出場試合についても「もう少しなんです」と報告。「そんなことは気にせず、どんどん頑張りなさい」とエールをもらった。これが励みになっていた。

 89年に島根・江の川高(現石見智翠館高)からドラフト1位で大洋に入団し、同年4月11日広島戦でプロ初出場したのも、この横浜スタジアムだった。あれから四半世紀がたち、高木監督が「彼がいるとみんなが安心していられる」と言うまでの大きな存在になった。仲間も節目を祝うように、3年ぶりの5発と爆発した。

 通算出場試合の最多記録は野村克也の3017試合。差は186試合あるが、そこに向かう。同じ捕手としても金字塔となる野村氏を意識し「あと1人ですね」と自らを奮い立たせるように言った。そして最後は、報道陣に1つ注文を出した。「もし(記録に)近づいたら、こうやってまた近づいてきて下さい」。主役はガハハと笑って帰りのバスに乗り込んだ。【八反誠】