<巨人2-1広島>◇22日◇東京ドーム

 優勝マジックを1としていた巨人は22日、デーゲームで2位阪神がヤクルトに敗れたため、2年連続35度目のセ・リーグ優勝を決めた(1リーグ時代を含めると通算44度目)。ナイターで広島に競り勝ち、本拠地でV2を決めた。

 心の奥底から笑えた。村田修一内野手(32)が三塁からマウンドへ突進し、大きな輪に吸収された。ただの連覇ではない。打率2割5分2厘、12本塁打に終わった移籍初年度の昨季とは違う、自分が中心になって勝ち取った優勝。優勝が決定したこの日も4番でマルチ安打。「去年はうれしい半面、悔しい思いがあった。でも今年は打撃で貢献できたと思う」と心から思えた。

 4月までは、3割近い打率を残し、まずまずのスタートを切った。だが5月以降は長打を追い求めた上段の構えが力みを生み、数字はみるみる低下。5月26日のオリックス戦では初回で交代を告げられた。6月12日のオリックス戦では9番という屈辱の打順で先発出場した。

 男は黙って、すべてを受け入れた。「文句を言っても仕方ない。誰かがそういう役回りをしないといけない。監督のやり方は分かる。怒りより、自分に対しての歯がゆさを感じた。でもそれは自分で切り替えるしかないから」。自宅に帰れば1枚の絵を見て、心を静めることもあった。個人トレーナーに紹介された沖縄の寺の住職からもらった、だるまが描かれた掛け軸。「だるまの顔が僕になっている。それを時たま見て、人生七転び八起きだなと思い出す」。希望の明日へと気持ちを奮い立たせた。

 6月下旬には打撃改造を決断。上段の構えを下段の構えにした。「シーズン中にここまで変えることはない」。勇気を起こさせたのは、初めて味わう恐怖だった。「(2年契約の最終年で)巨人で野球ができなくなる危機感より、このまま打てなくなってしまうのではという恐怖感はあった。それは今までにない感覚だった」。恐怖と向き合ったからこそ、勇気が挑戦となり、挑戦が英断となった。

 村田は輝きを取り戻した。7、8月に2カ月連続月間MVP。これまで勝負弱いと評されたが、勝利打点はチームトップの14を数えた。「結果を残して優勝できたという意味で優勝の喜びはまた特別だね」。巨人の中心で男を上げた。【広重竜太郎】