<WBC:日本5-2中国>◇3日◇1次ラウンドA組◇ヤフオクドーム

 右肩に不安を抱え、調整が遅れていた前田健太投手(24)が、中国を寄せ付けなかった。5回1安打無失点で6奪三振。前日2日のブラジル戦は田中、杉内、摂津が立て続けに失点して不安を残したが、マエケンはテンポよい投球で危なげなかった。2次ラウンド以降に向けて「もう大丈夫」と復調を宣言した。

 「いきます!」。4回終了後、東尾投手総合コーチに続投の意思を問われた前田健は、一言で意思を示した。「(実戦で)長いイニングを投げてなかったですし、球数も少なかったので。今後を見据えて、1回でも多く投げたいなと」。志願した5回を5イニングの中で最少の6球、3者凡退で切った。マウンドに仁王立ちし、打者をねじ伏せる。調整の遅れから、不安をのぞかせた姿は、そこにはなかった。

 日の丸を初めて背負ったのは、中学のボーイズリーグの世界選手権だった。ブラジルで行われた同大会は、今でも鮮明に記憶が残る。「(身長が)2メートルくらいあって、150キロくらい投げる選手もいて。こいつら、(年齢の)さばを読んでるんちゃうかなって思った」。大会では4試合に登板し、MVPを獲得した。タイトル獲得はうれしかったが、ハートを最も揺さぶられたのは、一発勝負の醍醐味(だいごみ)だった。

 第2回WBCはテレビの前で声援を送った。イチロー、松坂らのプレーを目で追った。あれから4年。広島のエースに君臨し、沢村賞も獲得。日の丸を意識し始める中、昨年3月の東日本大震災復興支援試合で、その思いを強くした。坂本、田中ら88年会の仲間が日の丸の戦闘服で躍動。夢から目標に変わった瞬間だった。

 苦難の道のりだった。2月15日からの宮崎合宿の序盤は、右肩の張りで、一時は先発回避の危機に陥った。騒ぎ立てる周囲とは対照的に「大丈夫です。自分のペースを上げていくだけなので」と冷静を装った。だが、本音は「いろいろな報道、不安な声が届いてきて、不安な気持ち」だった。マウンドに上がる度、グラブでソッと右肩に触れた。日を追うごとに状態を上げてきた。「もう大丈夫!」。苦楽をともにした右肩に言い聞かせるようだった。

 前田健の神髄をちりばめた56球だった。直球、スライダー、カーブ、チェンジアップをコーナーに投げ分けた。阿部の構えたミットに、ボールが吸い込まれるような抜群の制球力だった。「初めてなので、ものすごい緊張感だった」と振り返った姿は全く感じさせず、5回1安打無失点の完璧投球を見せた。「もっともっとプレッシャーがかかってくる。そこで結果を出さないと」。決戦を迎えるその時に向け、また牙を研ぐ。【久保賢吾】