<WBC:日本4-3台湾>◇8日◇2次ラウンド1組◇1回戦◇東京ドーム
ベンチから仲間が飛びだしてきた。引き揚げてくる田中将大投手(24)の両脇に自然と列が出来た。阿部が肩をたたいてねぎらった。追い付いた直後の8回。完璧に収めていたスライダーが、3イニング目に甘く入った。台湾が誇る3番からの3連打で再びリードを許した。「追い付いてもらって。抑えたい気持ちが強くなって」と微妙な気持ちの変化を突かれた。
ただ、劣勢だった試合の流れを引き寄せたのは、間違いなく田中だった。チームメートはそれを知っていたからこそ、打たれても温かく迎えた。「何とかチームの流れを持ってきたい、という思いだった」。スライダーでカウントを稼ぎ、スプリットを振らせた。7回、空振り三振で終えると、思いっきりほえた。空気を変えて攻撃陣に託した。
右翼席には「がんばろう!日本」の大きな横断幕がたなびいていた。
3月11日、東日本大震災から2年を迎える。田中は当時、震災の件について沈黙を通した。「何と言ったらいいのか、分からないのです」と気落ちした。11年3月28日。練習後、テレビに目がとまった。がれきの山を前に泣き腫らすおばあさんが映っていた。「今だけじゃない。長い目で、自分『たち』ができることがあるはず」と吐き出した。両親の名義で、人知れず義援金を送った。でも決心を表す方法は別にあった。「僕らの世代は発信力がある」と同学年の坂本、前田健らを誘い、12年の夏に「88年会」を立ち上げた。
何も言えなかった22歳から24歳になった。思いは大きな輪になり、WBCと同じタイミングで3月11日が来た。「結果を出すことです。結果に越したことはないんですから」と臨んだ。29球で降板しており、中1日でオランダ戦での登板も可能だ。「皆さんに助けられた。地に足を付けて。次、自分が助けたい」。志を示す登板が続く。【宮下敬至】



