移転先、豊洲の土壌・地下空間問題がクローズアップされる中、築地にスポットを当てたドキュメンタリー映画「築地ワンダーランド」(遠藤尚太郎監督)が10月1日から公開される。


築地市場の全景(映画「築地ワンダーランド」から)(C)2016 松竹
築地市場の全景(映画「築地ワンダーランド」から)(C)2016 松竹

 プロデューサーの手島麻衣子さんは「移転に反対とか、賛成とか、そういう立場で作った作品ではありません。築地市場が無くなる前にどうしてもその姿を映像に残しておきたかった」と言う。

 空撮で東京湾から築地市場へと進む映像には、英語の字幕が入って観光映画のような幕開けとなる。海際に沿って角の丸いL字形に屋根が連なる市場の造形は改めて美しい。だが、この作品は「市場」とは設備ではなく、そこで働く人たちのスキル、伝統、そして思いの集合体であるということを教えてくれる。

 80年の歴史、四季の移ろい、漁師から消費者までの流れを3本の軸に、そこに関わる人たち、市場を知る人たちの証言を織り交ぜて築地のダイナミズムが立体的に浮かび上がる。


セリの風景(映画「築地ワンダーランド」から)(C)2016 松竹
セリの風景(映画「築地ワンダーランド」から)(C)2016 松竹

 主役は水産物部に600軒が連なる「仲卸」と呼ばれる人たちだ。魚の種類にそれが生か冷凍か…細部に別れた分野にそれぞれ最高の目利きがいる。「おれはアナゴしか分からないから」と言えば、すなわちアナゴのことはすべて知っているという意味なのだ。

 仕入れに訪れた名だたるすし店の大将たちが彼らを心底信用し、ネタの選択をゆだねる。その信頼関係がうまいすしを生む。一時は「産地直送」の飲食店が脚光を浴びたが、今は「やはり築地仕入れの確かさ」という流れがあるという。さもありなん、である。

 やりとりを見ているうちにプロ野球のスター選手に拍手を贈るときに似た気分になってきた。築地の仲卸はプロ中のプロの仕事をしているのだ。魚を切る手際に無駄な動きはない。魚を見る鋭いまなざしが得意客に向けられるときは商売人の丸みを帯びる。

 関西の料理人が多彩な料理で魅せる芸術家なら、関東はすしや天ぷらに特化した職人。だからこそ最高の素材が求められる。それに応えて来た築地の歴史的立ち位置も明解に浮かび上がる。

 銀座でイタリア料理店を営むリオネル・べカさんも築地で材料を仕入れている。「仲卸の人たちは本当に魚のことをよく知っている。こんな市場は他にはありません。取引のある人たちは全員僕の店に食べに来てくれました。本当に感動ですよ」と笑顔で語る。仲卸の人たちは取引先の料理店を必ず訪れ、自分の舌で料理の味を確かめてから、それに適した魚を選ぶのだ。

 すべての職種につながるお手本のような仕事ぶりではないか。日頃の自分を振り返ってちょっと恥ずかしい気持ちになるのは私だけではないだろう。

 

料理人、道場六三郎さん(右)も築地市場に通う(映画「築地ワンダーランド」から)(C)2016 松竹
料理人、道場六三郎さん(右)も築地市場に通う(映画「築地ワンダーランド」から)(C)2016 松竹

 料理評論家の山本益博さんは「築地市場は世界のナンバーワンなんだけど、ナンバーワンではない。2位、3位になるような市場はどこにもないから。オンリー1なんですよ。他にないものなんですよ」と言う。

 豊洲の盛り土問題では、移転反対派も賛成派も本気で怒っている。市場の人たちの怒りがニュース番組のコメントから伝わってくる。「不明瞭な移転決定の過程」への怒りがどれほど深いものなのか。この映画の彼らの仕事ぶりを見て、改めて実感した。【相原斎】