市村正親(67)の卒業公演として注目を集めたミュージカル「ミス・サイゴン」(東京・帝国劇場)の千秋楽を見てきた。92年の初演から24年。集大成を目に焼き付けたが、カーテンコールのサプライズゲストとして登場したKinKi Kids堂本光一から「また見たい」と惜しまれた市村は、あっさり次回への挑戦を表明した。実際「また見たい」と言わずにいられない圧巻だった。

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 市村が24年間演じてきたのは、ベトナム戦争末期の75年、首都サイゴンで米兵相手のキャバレーを経営している主役“エンジニア”。米国に渡って自分のクラブを持つのが夢で、ビザを手にするためなら何でもする野心家だ。店で働く少女キムと米兵クリスの恋物語に損得勘定でかかわり、ストーリーをダイナミックに動かしていく。

 2幕最大の見せ場、ゴージャスな妄想の世界をソロで歌って踊る「アメリカンドリーム」をド派手にきめると、嵐のような拍手と大歓声が起こった。しなやかな体と、あれだけ動いて息切れひとつしない圧倒的な歌声。2年前、胃がん手術で途中降板したとは思えないエネルギッシュなエンジニアがステージにいて、むしろ初演よりパワーアップしているんじゃないかと思うほどだった。徹底した健康管理で「どこも故障がない」という絶好調ぶり。ファイナルステージであらためてすごさを見せつけられ、隣の女性客は泣いていたし、暗転して本人が消えても拍手が鳴りやまなかった。

 いろんな俳優がダブルキャスト、トリプルキャストでこの役を演じてきたが、初演から演じ続けた“ミスター・エンジニア”は彼だけだ。ネオン負けしない派手なルックスと陽性なキャラクターから70年代の肉食感覚が匂い立ち、「生き延びたけりゃ俺見習え」「男は男だぜ、変わらない」というしぶといエンジニアが生き生きと立ち上がるのだ。

 常に不穏な予感が支配するストーリーの中、配られたカードで必死に勝負するこの人の生命力は救いにもなる。流れ着いたバンコクの風俗街で「まだアメリカに行けてないの」と客席に訴えるアドリブがいかにもエンジニアで笑ってしまった。市村さん自身、卒業発表の場で「今後誰が来ても僕のエンジニアを超えることはありえない」と自負していたけれど、いろいろ同感だ。

 カーテンコールには、同じ帝劇で16年間にわたり主演舞台「SHOCK」を続けているKinKi Kids堂本光一がサプライズゲストとして登場した。彼も、客席前方で市村エンジニアを目に焼き付けていた1人だ。「何度も拝見している」というファンの本音として「個人的な意見としては、また見たい」と花束を贈った。同じ舞台人同士、市村の気力や手応えが客席からも分かったのだと思う。

 リアルに惜しまれて俳優の自意識に火が付いたのか、市村は「この花をもらった瞬間、夢ができちゃった。また帝劇でミス・サイゴンをやることがあったら、それに立つ夢」と、あっさり卒業を撤回。客席も面食らいながら、大きな拍手を送った。「ミス・サイゴンはだいたいオリンピック周期でやっている。次は東京五輪の年。まだやれそうな空気を感じる」「先日いただいた森光子賞は90まで現役でやらなきゃいけない賞ですので、相当な年でミス・サイゴンがあってもいい」。ぼろぼろ出てくる本音がやる気満々で噴いた。

 次回の制作は不明だし、必要な努力も計り知れないが、夢は夢として、エンジニアのようにギラギラ追いかけていてほしいと、この作品のファンとしては思う。寅さんといえば渥美清さんであるのと、もはや同じ感覚である。

 12月10日から来年1月22日まで、全国6都市でツアー公演。

【梅田恵子】(ニッカンスポーツ・コム/芸能記者コラム「梅ちゃんねる」)