CM界出身で「トニー滝谷」などの作品で知られる映画監督の市川準(いちかわ・じゅん)さん(本名・純=じゅん)が19日未明、脳内出血のため東京都渋谷区の病院で死去した。59歳。同日未明まで新作映画の編集をしており、その直後に倒れた。葬儀は近親者のみで行い、後日お別れの会を開く。喪主は妻幸子(さちこ)さん。「禁煙パイポ」「タンスにゴン」などCMディレクターとして社会現象になったCMを多く作り、「トニー―」ではロカルノ映画祭審査員特別賞を受賞するなど映画監督としても活躍した。

 市川監督は18日夕方、都内のスタジオに入り、新作短編「buy

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 スーツを買う」の編集作業を行った。夕食はスタジオで取り、作業を終えた深夜、1人で小腹を満たそうと入った飲食店で倒れたという。ヘビースモーカーで、お酒はたしなむ程度だった。渋谷区の病院に搬送されたが、帰らぬ人となった。遺体は19日夕方、妻とともに都内の自宅に戻った。

 スタジオのロビーには「buy―」のポスターが立てかけてあった。余白の部分にある「よろしくお願いします。市川準」のサインは18日に書かれたものだった。編集室に入る前の市川監督と会った関係者は「少し疲れている様子でしたが、変わりはありませんでした。届いたばかりのポスターに進んでサインを入れてくださって『サインしといたよ』って」。悲報に呆然(ぼうぜん)としていた。

 CMディレクターとしても多くの作品を作った。「禁煙パイポ」の「私はコレで会社を辞めました」は流行語になり、「タンスにゴンゴン」では清純派女優沢口靖子のコミカルな一面を引き出した。87年に映画「BU・SU」で監督デビューし、「東京夜曲」「竜馬の妻とその夫と愛人」など話題作を相次いで発表。実験性に富んだ映像や、人間への優しい視点が特徴的で、国内外で高い評価を得た。04年には、イッセー尾形、宮沢りえ出演、村上春樹氏原作の「トニー滝谷」がスイス・ロカルノ国際映画祭審査員特別賞を受賞した。しかし、キャンペーンで忙しくなっても、孫に会いたいとしきりに言うなど、家族思いだったという。

 映像が大好きだった。新作は自主製作で、プロの俳優ではない周囲にいた人間を使いコツコツ撮影した。同時進行で進めていた「レンダンリング詞」は、1人でカメラを手に、風景を撮影した作品だった。カメラは数年前、投稿ビデオの審査員を務めた時にもらったHDカメラ。レンダリングとはコンセプトを映像化するという、デザイン、コンピューター用語で、映像にこだわった市川監督らしいタイトルだった。10月に行われる東京国際映画祭では、新作上映と舞台あいさつも決まっていただけに、多くの関係者は驚きを隠せなかった。CM、映画界に新風を吹き込んだ市川監督の作品はもう見られない。