「新年号」のヘッドマークに日章旗。年明け早々の、真岡鐵道(栃木県)での風景である。

 冬枯れを疾駆、といった風景だが、どっこいSLの周辺、フレームの外は鉄道マニア「撮り鉄」がひしめき合い、真岡鐵道のホームページには「撮影のために、個人の田、畑に入ったり、枝を折ったりなど、住民の方々と何件かのトラブルも発生しております。(中略)モラルを守り、地域住民の方々とのトラブルが発生しないよう」と、「再度の御願い」の文字。「再度」というのが事態の深刻さを裏付けるようでもある。

 とあれ正月。

 汽車道の一すじ長し冬木立(正岡子規)

 空っ風の中、初春が猛進してくる。

 年末、酒1本ぶら下げ新川(東京都中央区)の鳶頭(かしら)を訪ねた。街角の、にわか仕立てのガサ小屋で「正月飾り」を求める。若衆の手締めもにぎやかに、新年の準備である。

 さて、そういえば江戸時代は「正月飾り」などあったろうか。いくつかの浮世絵を探し、正月風景をながめ直したが目に留まるのは巨大な門松(依り代)。大店(おおだな)を描いたものだから、その繁盛ぶりに見合うかのようで、高さ約10メートルほどの笹(ササ)を芯にして、根元を松、竹でおおった、見上げるようなものばかりである。黒灰色の瓦群、黒塀に囲まれた江戸の街はモノトーンで、軒並みの笹だけが、すっくと中空に突き上がっている。

 庶民はその門松の前で、振り袖姿は羽根をつき、三河万歳は門付けで、ひょうきんに振る舞う。大店が並ぶ日本橋界わいは呉服の越後屋(今の三越)の店先に着飾った人々が群れ、武士は年始であろうか供の者を連れ闊歩(かっぽ)する。

 空は澄み渡り、居並ぶ、巨大な門松の遠くに富士山がくっきりとそびえ立つ。浮世絵師・鳥居清長の「駿河町越後屋正月風景図」(東洋文庫)に見える風景である。

                   ◆                   

 夏目漱石の、正月にまつわる句を拾ってみよう。

 「煩悩は百八減つて今朝の春」

 「松立てて空ほのぼのと明る門」

新年のあいさつを終え漱石先生、

 「生れ得てわれお目出度顔の春」

 「五斗米を餅にして喰ふ春来たり」

 さっそくお屠蘇(とそ)を楽しもう。

 「貧といへど酒飲みやすし君が春」

 「甘からぬ屠蘇や旅なる酔心地」

 漱石先生、一杯やってご機嫌である。

 私が好きな句は次にある。

 「初夢や金も拾はず死にもせず」

 いかにも「らしい」、とぼけた感じは真骨頂であろうか。新年早々、景気の良い話はな

いが、それでもただ生きている。それでいいのだ人生は、と解釈したい。

                   ◆                   

 あっという間に月半ば。小正月、女正月は1月15日(前後)を指す。

 「どんど焼き」が催され門松や正月飾り、しめ飾り、書き初め、前年の古いお札などを燃やす。細竹の先にモチを付けて焼く。無病息災、五穀豊穣(ほうじょう)-。

 かつての1月20日は「二十日(はつか)正月」。元旦から続いていた正月行事の節目となる。正月祝いの塩鮭、鰤もこの頃には、その魚もだんだんと身が細り中骨や頭だけになり、それを食べ尽くすことから「骨正月」とも。残った骨や頭をだしにしての、質素な糟汁(かすじる)はハレの気分を追いやり、人々は日常の暮らしへと戻っていく。

 春の夜の 闇はあやなし 梅の花 色こそ見えね 香やは隠るる(凡河内躬恒)

 梅林の光沢、春風一人鶯(ウグイス)を待つ。

【文化社会部編集委員・石井秀一】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「新聞に載らない内緒話」)