最大震度7の激震が4月14、16日に立て続けに発生し、関連死を含め158人が亡くなった熊本地震から8カ月。間もなく年越しを迎えるが、土砂災害の危険と断水が続き、長期避難地域に認定された南阿蘇村立野地区では、今も避難勧告が解除されていない。先行きの見えない中で、区長ら住民がコミュニティーの維持と再建に向け、奔走している。年の瀬に迫った熊本から文化社会部の清水優記者がリポートする。

 12月15日。阿蘇の山道に雪が降った。外輪山西側にある南阿蘇村立野地区。家々の屋根でブルーシートが谷風に吹かれて揺れていた。住民の女性は「屋根のシートは3カ月ですり切れる。張り替える人も減ってきました」と寂しそうだ。

 立野地区の新所区では、4月16日の本震で、裏山にある九州電力の水力発電施設が壊れ、大量の水が土砂とともに集落を襲った。新所区の区長山内博史さん(62)は「うちも濁流に襲われた9軒の1つたい」と話す。家族は濁流にのまれたが無事だった。しかし、親しかった近くの片島信夫さん(当時69)利栄子さん(同61)夫妻が亡くなった。

 12月16日。山内さんは片島さん宅跡に花を手向けた。つぶれた車、家の残骸、濁流が通り抜けた山内さんの自宅。周囲は地震直後とほぼ変わっていない。

 復旧は遅れている。崩落した阿蘇大橋の対岸から引いていた水道管が橋とともに落ちて断水が続く。裏山は今も土砂災害の危険があり、避難勧告も解除されていない。6月の豪雨でも土砂崩れで地区が孤立。解体工事も難航している。

 6月の住民意向調査では立野地区の347世帯のうち158世帯が回答し、約7割が地区内への帰還を希望した。条件として、水道復旧と治山砂防施設の整備、道路復旧を求める回答が多数を占めた。

 水道は、立野地区内で国交省が掘った工事用井戸の水の半分を地区の水道用に使えることになり、村が水質向上のためのろ過装置を設置。水質が向上すれば復旧へ向け大きく前進する。

 インフラ改善の期待が膨らむ一方で、山内さんは「私が一番重視するのは治山や砂防施設の整備。2度と土砂崩れで住民が亡くなるような危険を取り除くこと」と強調する。水道が使えても、土地が危険なままでは安心して暮らせない。

 復興への道のりは長いが、山内さんは腰を据えている。地区住民が仮設住宅や見なし仮設のアパートに別れてバラバラになっても、訪ね歩いては区報を配り、悩みを聞いて回る。「情報ば共有しとれば、離れても絆は切れない。何があっても慌てず、みんなでやっていかにゃ。そぎゃんせんと、復興計画も絵に描いた餅になる」。1歩1歩、地区住民と歩いていく。【清水優】

 ◆熊本市の今 熊本地震の震災関連死として16日、熊本市は市内の70代男性を新たに認定したと発表した。一連の地震による関連死は103人となり、直接死の50人と6月の豪雨による2次災害で亡くなった5人を合わせ、犠牲者は計158人。市によると、男性は地震後に熊本県外へ避難したが、既往症の治療が十分に受けられず肺炎を発症、5月21日に亡くなったという。