昨年2016年は「非寛容」が拡大した年だった。欧米では移民、難民排斥の動きが強まり、国内では弱者が襲われる事件や貧困たたきが起こった。トランプ政権が始動する2017年、ヨーロッパでは独仏などで総選挙、大統領選が行われ、極右政党の大躍進が予想されている。攻撃する政治家に支持が集まり、はけ口が弱者に向く時代。「丘の上のバカ ぼくらの民主主義なんだぜ2」を出した作家で明治学院大教授の高橋源一郎さん(66)に聞いた。

 -真珠湾を訪問した安倍首相が「寛容の心を世界は今こそ必要としている」とか「寛容」を7回も使いました。「鐘の音がうるさい」と声を上げる人が現れて除夜の鐘をやめる寺が出たり「非寛容」が広がっています。

 街を歩けばホームレスを排除する目的で作った「排除アート」が増え、ネットでは生活保護たたき、貧困たたき。「友愛」とか「新しい公共」とか「東アジア共同体」とか、美しい言葉を使った民主党政権がものの見事にこけて、バックラッシュ(反動)のように本音主義になりました。他人には非寛容で、きれいごとを言うなというような。この国、この社会が貧しくなってきて余裕がなくなってきたからだと思います。

 豊かで余裕があれば、人に文句をつける気分にもならないけど、鬱屈(うっくつ)していると、はけ口が必要になる。攻撃相手を見つける。自分が不安を抱えているのも、うまくいかないのも、誰かのせいと思った方がすっきりするから、日本だけでなく、米国もヨーロッパも人を攻撃する政治家に支持が集まっています。一番分かりやすい政治的プロパガンダは昔から人々の不満のはけ口を見つけることです。トランプとかルペンとか、ポピュリストと呼ばれる人の格好の攻撃対象がイスラム教徒や難民、移民なんですね。

 -グローバリズムによる格差の拡大が原因でしょうか。

 大きいでしょう。グローバリズムは人の移動も自由にしました。その結果、移民も増えた。移民が増えたことと格差が拡大したのが一緒だったから、そのせいかと思い込む。その複雑な真の原因は見えないから、目に見えるものだけに反応して、あいつらのせいだと。攻撃的な部分は誰しも持っています。でもそういうことを口にするのは恥ずかしいことだと、折り合いをつけながら生きてきたのに、ネットの発達でそういうことが言える場所ができた。しかも「いいね」と褒められる。人々はネガティブな部分やダークな部分を抑えて生きてきたのに、ネットがそれを解放しました。貧困女子高生たたきに何万単位の「いいね」がつく。言っていいどころか、そうだよねって相互承認し合っています。

 -事実確認しないで「女子高生の部屋にはエアコンがある」とか、「POST TRUTH(ポストトゥルース)」が「ワード・オブ・ザ・イヤー(今年の単語)」になりました。

 真実ではないものを、さも真実であるかのごとく、攻撃するのに便利な道具としてのトゥルースをつくる。そのことに喜びを感じる人たちがいる。まず最初に攻撃ありきなんです。僕たちは確かな情報を得ることによって偏見やデマから自由になるはずだった。なのに、逆に高度なデマがどんどん生産されている。関東大震災のときの朝鮮人虐殺のデマと同じことをネットでやっている。怖いですよね。

 -そんな時代、私たちはどうしたらいいんですか。

 この世界に流されないことです。本のタイトルにした「丘の上のバカ」はビートルズの「フール・オン・ザ・ヒル」に由来します。ポール・マッカートニーの曲で「丘の上のバカ」はガリレオ・ガリレイのことだと言われています。丘の上でひとり、ぼんやり空を見つめている。人々はみんなバカだというけれど、実は彼はひとりだけ真理を見つけていたという曲なんですね。スティーブ・ジョブズも「ステイ・ハングリー、ステイ・フーリッシュ(ハングリーであれ、愚か者であれ)」と言いました。

 フールとはひとりということなんです。社会全体に何かを攻撃したい気分がまん延しているときこそ、ひとりで考える。そして自分の意見を持つ。みんながベルトコンベヤーに乗っているとき、ひとり降りて考える。それがフール・オン・ザ・ヒルです。今の社会は同調しろと圧力をかけてくる。でもみんなと同じということは考えていないのに等しい。フールの共通点は寛容です。攻撃しない。ガリレオも立っているだけですからね。バカ者こそきたるべき民主主義の担い手なんです。【聞き手・中嶋文明】

 ◆高橋源一郎(たかはし・げんいちろう)1951年(昭26)1月1日生まれ。88年「優雅で感傷的な日本野球」で三島由紀夫賞、02年「日本文学盛衰史」で伊藤整文学賞、12年「さよならクリストファー・ロビン」で谷崎潤一郎賞受賞。11年4月から昨年3月まで朝日新聞で「論壇時評」を担当した。時評は「ぼくらの民主主義なんだぜ」「丘の上のバカ ぼくらの民主主義なんだぜ2」(朝日新書)に収録されている。

<キーワードメモ>

 ◆欧州選挙 3月にオランダの総選挙が行われ、イスラム系移民排斥を掲げる極右の「自由党」が第1党に躍進すると予想されている。4月にはフランス大統領選。極右「国民戦線」のルペン党首の当選もあり得る状況だ。秋のドイツの連邦議会選挙でも、難民受け入れ反対、反イスラムの「ドイツのための選択肢」の大躍進が予想されている。

 ◆格差社会 内閣府の国民生活に関する世論調査では9割以上の国民が生活程度は「中」と回答し、1億総中流意識は続いているが、厚労省の国民生活基礎調査によると、「生活が大変苦しい」と答えた人は27・4%、「やや苦しい」と答えた人は32・9%。合わせて60・3%と6割を超えた。20年前の96年は合わせて47%だった。この中間層の不安、不満が生活保護たたきや貧困たたきに向かっているとされる。

 ◆貧困高校生たたき NHK「ニュース7」が昨年8月の放送で子どもの貧困を取り上げた。貧困対策の必要性を訴えた母子家庭の女子高生に対し、ネットで誹謗(ひぼう)中傷が噴出。NHKに対しても「やらせ」「捏造(ねつぞう)」とバッシングが相次いだ。自民党の片山さつき参院議員も「NHKに説明をもとめ、皆さんにフィードバックさせていただきます!」。この問題を報じたネットメディア「ビジネスジャーナル」はNHKに取材しておらず、回答は架空だったとして謝罪した。

 ◆POST TRUTH オックスフォード英語辞典が2016年を象徴する「ワード・オブ・ザ・イヤー」に選んだ。客観的事実より、感情的な訴えかけの方が世論の形成に影響することを示す言葉で、欧州連合(EU)離脱をめぐる英国の国民投票、米大統領選で広まった。英国の国民投票では離脱派が「英国はEUに毎週3億5000万ポンド拠出している」とウソのスローガンを使い、米大統領選では「ローマ法王がトランプ氏支持を表明」などフェイクニュースが流れた。