<W杯アジア最終予選:日本1−0バーレーン>◇B組◇3日◇マナマ
ジーコ監督(52)が執念で逆境をはね返した。就任丸3年の集大成として臨んだバーレーン戦。鬼の形相でベンチ前から指揮を執り続けた。日本代表はW杯最終予選3勝目を飾り、勝ち点9でB組2位を死守した。直前のキリン杯で連敗、さらに故障者続出と苦難が続いていたが、神様ジーコは選手を信じることで逆境を突破。8日北朝鮮戦(バンコク)で勝って、3大会連続の本大会出場を決める。
この一戦にかけてきたジーコ監督の執念が、勝利につながった。昨夏のアジア杯を含めて3度(たび)バーレーンを沈めた。最低限のノルマとされた3大会連続のW杯出場に、王手をかけた。
自身で「いばらの道」と表現したW杯アジア最終予選は、この第4戦も苦しい内容だった。前半34分の小笠原の先制場面も、ベンチ前で喜ぶ鈴木通訳とは対照的にジーコ監督は瞬間的にガッツポーズをつくっただけ。笑顔はなかった。
それ以外の時間帯は相手にこぼれ球を拾われ、前半終了間際には失点危機を招いてヒヤリとさせた。ジーコ監督が、鬼の表情で第4審判に激しく詰め寄る場面もあった。自ら油断を寄せ付けない意思がにじんだ。後半は追加点が奪えず、逆に反則で相手にFKを与え、日本はリズムがつかめなかった。
日韓で共催した02年W杯終了後、日本から4年後の運命を託された。同年7月22日に日本協会との契約書にサインしたジーコ監督は「サッカーの最大の目標はゴール。攻撃的なサッカーを貫くことが私の哲学」と決意した。非公開練習もせずに、常にコメントを発してきた。逃げも隠れもしない姿勢だった。
しかし、今回だけは試合だけに集中した。キリン杯2連敗となった5月27日のUAE戦後の会見に臨んで以来、2日の公式会見までノーコメントを通した。川淵キャプテンは「勝つことが最高のサービス。今回は勘弁してあげてほしい」と理解を示した。失点阻止を優先させ、W杯出場という現実をつかみたかった。
練習では中田英、中村らに個別指示を与えた。全体ミーティングでは「この重要な2試合のために、2年半以上やってきた。技術より1人1人の戦う気持ちが大切」と熱く訴えかけたという。「これだけ好選手がそろっており、誰を出しても余りある力を出してくれると信じている」。高原、小野ら故障者が出ても不変の態度。非常事態として採用した1トップも、選手の能力を信じていたからこそのシステムだった。
8日北朝鮮戦に勝てばドイツへの道が通じる。この日警告を受けた三都主、中田英らが出場停止。戦力ダウンは否めないが、ジーコ監督の「常に勝ちを意識して戦う」という姿勢は変わらない。日本サッカー界発展のために身をささげた神様は、王手をかけた次戦でW杯切符をつかむ。
[2005/6/4/09:25 紙面から]
写真=前半34分、小笠原の先制ゴールが決まり、ベンチ前でガッツポーズで喜ぶジーコ監督(撮影・栗山尚久)
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