| この企画はスポーツ紙4紙のウェブサイトによる初の共同プロジェクトです |
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■スポーツ4紙共同企画「代表選手の夢と情熱」 |
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■赤星選手が出場辞退
日本代表メンバーだった阪神赤星憲広外野手(27)が10月29日、出場辞退を申し入れた。日本シリーズでの左ひじ負傷が原因。長嶋茂雄監督(67)は代替選手を立てず、1人欠けた21人で戦うことを即日決断した。
赤星「全日本には、特別な意識がある。こんな状態でも行きたかった思いはある。でもトレーナーと話をして、来年のことを考えて辞退しました」。


あれから3年が経った。日本の野球が世界に敗れた日。00年、シドニー五輪。プロアマ混成チームで臨んだが、同じアジアの韓国にも後じんを拝し、初めてメダルを逃がした。主砲中村(近鉄)は号泣し、400球以上投げた松坂(西武)もうなだれた。JAPANのユニホームを着た小柄な選手、赤星もまた、無力感に襲われた。
3年後、03年9月29日。阪神の18年ぶり優勝の原動力となった赤星はアテネ五輪出場を賭けた、アジア選手権の日本代表に選ばれた。「前回のシドニーではメダルが獲れなかったので、日本代表には特別な意識がある」。シドニー五輪には、社会人選手として参戦。だが、脇役に過ぎなかった。5試合に出場し、2打数無安打、盗塁2。代走要員、一塁コーチとして相手投手のクセ盗みに専念した。
日本代表を率いる長嶋茂雄監督(67)は「1発より機動力があって、つないでいく粘着力のあるプレーヤーの集団になった」と話した。今季、3番金本とのコンビで何度も勝利を導いた赤星が、機動力野球を標ぼうした長嶋ジャパンのキーマンになる。「あの時はアマチュアだったけど、今はプロ。成長している姿を見せたいんです。ベストの状態で臨めるようにしたい」。3年間で実力を培った。打率は3割を越え、3年連続盗塁王も確実。アジア選手権では、2番中堅手での出場が濃厚だ。猛虎の2番から、日本の2番へ。快足王が打席で、そして塁上でアジアのライバルをパニックに陥れる。


10月9日に行われた「アサヒビールチャレンジ アジア野球選手権」の全体ミーティングに参加した赤星は「足でチームに貢献することが目標。阪神の代表でもあるので、名前を汚さないよう頑張る」と話した。約2時間の会合では、韓国、台湾のビデオ分析も実施。00年のシドニー五輪出場組で、今回も代表入りしたのは、西武・松坂と野手では、赤星だけ。豊富な国際経験を生かして、五輪出場切符をもぎ取る。


1976年4月10日生まれ。愛知県出身。セ・リーグ盗塁王は「資格ホルダー」でもある。亜大時代に社会科の教員免許、社会人のJR東日本では車掌免許を取得した。入団会見では「ポスト新庄」を宣言するなど舞台度胸は抜群だ。
少年時代からスポーツは万能。小学3年生までは、サッカー少年で、ポジションは2トップの左。父親が少年野球の監督をしていたために、小学4年生から野球に転向した。
また、社会貢献にも積極的。今季から盗塁1個につき、車椅子1台を球団を通じて、全国の施設に贈るチャリティーをスタートさせた。「きっかけは、骨肉腫の女性から勇気づけられたこと。ボクは足の不自由な方から多くのファンレターをもらう。『思い切り走るのに魅力を感じる』と言ってもらえるんです。そういう方々に何かできないかな、とずっと考えていました」と話す心優しきリードオフマンだ。
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