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| 写真=大平原を単機でばく進するディーゼル機関車のようだ |
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もっと速く、もっと遠くへ−
無伴走単独タイムトライアルに挑む最強のサイクリスト戸田真人さん
真夜中の街道筋、東京・多摩丘陵で本州横断の予行演習をしていたおやじサイクリストを、突如黒い影が疾風のように追い抜いていった。先々週のことだ。戸田真人さん(46=オリンパスメディカルシステムズ勤務)だった。米国横断の新記録樹立や04年厳冬期の北極圏タイムトライアルなど、数々の記録と伝説に輝く男だ。追いすがり、呼び止めた。話を聞かせてくれと。戸田さんは快く自宅に招いてくれた。
北緯66度33分
ガリガリと、スパイクを打ち込んだタイヤが不気味な音を立てる。オーロラがあやしい絵巻のように空に舞う。マイナス47度、携帯用のストーブが凍り付き、手足の先に凍傷を負った。刻一刻と生命の危険が増す。それでも、戸田さんは自分で設計したクロモリ(鉄)製自転車のペダルを踏み続けた。自分自身の極限を追い続けた。「体力気力はまだ余裕があるが、これ以上走ったら後悔する結果になる」。そう感じたとき、北緯66度33分の北極圏の標識を見た。04年2月18日、アンカレッジから白銀世界951キロを単独で北上、7日7時間12分でゴールした瞬間だった。
戸田「走ったのは北方油田のパイプライン沿いの道、ダルトンハイウエーです。うねりがあり、下りでは時速69キロを出しましたが上りでは300本のピンを打ち込んだスパイクタイヤでも滑りました。ひたすらこいだのでシロクマも目に入らず、トラックにもあきれられました。勤続20年の特別休暇を利用した、サラリーマンにとっては一生一度のチャンスでした。道はさらに北に続いていましたが、限界での判断には納得しています」。
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| 写真=横顔がツールドフランスV7のアームストロングを思わせる戸田さん(97年、米国)
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ワサビなめて
旅ではない。常に「より速く」を意識した、極地での無伴走単独タイムトライアル。ネットに掲載された詳細な報告(http://www.sports-buddy.jp/21/toda-report.htm)は自転車界に大きな衝撃を与えた。
東京都出身。ふつうの自転車少年だったが19歳、茨城大時代に超長距離ランに目覚めた。東京〜鹿児島をわずか5日。87年には日本列島を8日で縦断。02年に東京〜宗谷岬を6日で走ったときの睡眠時間を聞いたら「約5時間です」。「1日5時間でよく平気ですね」「いえ、合計です」。
条件は一定しないが、1人でこれだけの記録を積み重ねた例はほかにない。
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| 写真=氷点下47度、北極圏に挑戦(04年)
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戸田「可能な限り速く、遠くへ、夜通し走ってみたい。そんな子どもっぽい夢が原点でした。平気じゃないですよ。眠気覚ましに鼻の奥にボトルの水を吹き込んだり、チューブのワサビをコンビニで買ってなめてみたり。それでも意識がもうろうとして、反対方向に走り出したり(笑い)。苦しい分だけ満足感を味わうのですが、それが長続きせず、じきにまたやりたくなるんです。自由にコースを設定できるのが無伴走単独タイムトライアルの長所ですが半面、犠牲が伴わないと満足できないんです」。
苦笑した。
競技とは対極だ。勝敗、他人の評価などに価値観を依存しない。記録を認定する組織も別にない。価値観は常に内側にある。冒険旅行やうんちく旅行、自転車を使った楽しみ方が広がっているが、戸田さんは「より速く、より遠くへ」という最もピュアな形で原点の楽しさを究めようとする。
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| 写真=戸田さん(左)はふだんは物静かなエンジニアだ
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97年、新記録の19日3時間43分で米国を横断した。
戸田「サンフランシスコから真夜中にヨセミテを越え、標高3713メートルのロッキー山脈では雨に降られました。通った国道は6号、40号、36号、60号。怪しいやつだと通報され、パトカーにも都合4回止められました。東海岸のバージニアビーチ(バージニア州)に着いたとき、大陸横断のトラック運転手たちが「これは偉いやつだ」と祝福してくれて、シャワーと食事をごちそうになりました。日本でも田舎の民家のたたずまいや、真夜中の日本海の稲光など、心に残る風景が幾つもありますが、あのときの大平原の雄大さは忘れられません」。
通常、こうした挑戦には撮影班やサポート車が伴走するが戸田さんは1人だ。
大陸を横切って173センチ、76キロが力走した。単機で大平原をばく進するディーゼル機関車を思わせる。どこへ行くのか、どこまで行くのか。行き交う人は誰も知らない、機関車は語らない。ごう音とともに、夕焼けのかなたに消えていく。
戸田「単独走で一番難しいのが目的意識の維持。困難をはね返して走り続ける精神持久力が、技術や体力以上に要求されます。自分の状況を第3者的に見詰めて、陥りがちな幻覚症状から自分を引き戻すんです。眠い、疲れたとは別次元の戦いです」。
自慢もしない
「ばかげている、もう帰ろう」という自我の声も聞こえてくる。走り続けたいという意志と肉体が、内側で激しく抵抗する。その地獄も天国も、自分で作るのが単独タイムトライアルだ。「楽しいんです」。
東京都八王子市で奥さんと娘さんの3人暮らし。ふだんはもの静かな内視鏡技術のエンジニアだ。
戸田「会社の同僚にもほとんど自転車のことは話しません。町内会の理事をやっているので休日もそうは乗れない。時々近くをちょっと走るだけです」。
そのちょっとがすごい。例えば未明に出発して富士五湖から伊豆半島、石廊崎を回って夜10時には帰宅する。1日400キロ。
けれど何も自慢しない。
初心者が長距離を走るコツを聞いた。
戸田「僕はアルミ合金でなく、市販車では使われない80トン(高弾性率)カーボン繊維や鉄素材の車体が好き。流行や価格に惑わされず、自分に合ったものを探してほしい。リラックスできるフォームで、軽いギアを高めの回転数(1分間90以上)でこぐこと。疲れる前に休み、水分や栄養を早めに補給すること。どんな危険があるか、常に自分から探して走ることです」。
自ら危険を探す。リスクの主導権を握る。あらゆる冒険に通じる心構えだ。孤高の走りに昇華された孤高の哲学だ。
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後藤新弥(ごとう・しんや) 日刊スポーツ編集委員、59歳。ICU卒。記者時代は海外スポーツなどを担当。CS放送・朝日ニュースターでは「日刊ワイド・後藤新弥のスポーツ・online」(土曜深夜1時5分から1時間。日曜日の朝7時5分から再放送)なども。
本紙連載コラム「DAYS’」でミズノ・スポーツライター賞受賞。趣味はシー・カヤック、100メートル走など。なお、次ページにプロフィル詳細を掲載しました。
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