<J1:川崎F2-2C大阪>◇第11節◇11日◇等々力

 オトン、見てくれたか-。川崎FのFW大久保嘉人(30)が父にささげる2ゴールで、一時は2点リードを許して苦境に陥ったチームに劇的な勝ち点1をもたらした。実は、肺と肝臓に大病を患い長期間の闘病生活を送る父克博さん(61)が今週に入り昏睡(こんすい)状態に陥っていた。生死の境をさまよう父に一刻も早く会いたいという衝動を抑え、周囲に「今日は絶対ゴールを取る」と誓っていた魂の点取り屋が、思いを込めた2得点を決めた。

 どうしてもゴールを届けたかった。両足に魂を込めていた。オトン、見てくれたか-。大久保の父への思いがこもった2ゴールが、川崎Fを救った。試合後は「チームに自信が出てきている」と笑みを浮かべた。何も悟られぬように。競技場では息子でなく、プロサッカー選手であり続けた。

 2連勝と復調しつつあるチームが、前半にまさかの2失点を喫した。だが、窮地に奮い立ったのが背番号13だった。後半28分のPKでは旧知のC大阪DF茂庭に「上に外すぞ!」とささやかれながらも冷静に正面に流し込むと、同38分にはゴール前のこぼれ球を左足で突き刺した。

 今週に入り、父克博さんが昏睡状態に陥ったという一報を受けた。05年ごろから入退院を繰り返し、10年W杯南アフリカ大会のころには酸素吸入器なしでは生活できない状態だった父。「ここ数日がヤマ場」だという。幼少時代から背中を追い続けた父が、生死の境をさまよっている。生きているうちに会いたい…。息子としての痛切な思いが胸を締め付けた。

 エースとして、そしてサッカー選手としての責任感が、大久保をこの日のピッチに立たせた。「今日(C大阪戦)は絶対に点を取る。俺が活躍して、点を取っている姿をオトンに見せる」。周囲にそう話し、思いを体現してみせた。

 会場には日本代表ザッケローニ監督の姿があった。12年2月のアイスランド戦以来、遠ざかっている代表の座。今季リーグ戦は早くも6ゴール。代表復帰の機運は高まるが、大久保は「考えるとプレーに影響する。何も考えずにやりたい」と話し、目の前の勝利、目の前のゴールに集中していた。

 試合後の取材エリアでは、普段通り報道陣の呼びかけに何度も足を止めた。ただ、Jリーグが開幕した20年前の93年5月15日について聞かれた時だけ、「家でおかしを食べながらテレビで開幕戦を見ました。花火大会に行かずに。あのころはプロになれるなんて思ってなかった」と思い出をたどり、少しだけうつむいた。家族だんらんの記憶が頭をよぎったのだろうか。

 競技場を出ると、父が入院する福岡県内の病院に急行した。息子として。父のもとへ。【菅家大輔】