星野監督に対しての後悔がある。「また会えるからいいだろう」と誘いを2度、断ったことがある。

16年の2月下旬、長女が生まれたことを報告しようと沖縄のホテルで待った。ロビーで伝えると「部屋に来い」と言われた。

監督は最上階の部屋に入るなり、窓ガラスすべてを全開にした。沖縄の2月は風が強い。カーテンがベランダに飛び出して、ちぎれそうなくらい揺れた。「切れそうですね」「気持ちいいだろ。これでいい」。心持ちを察し、表現してくれたのだと思った。「良かったじゃないか! 子どもはかわいいから。『かわいい、かわいい』でいいんだぞ」と言ってくれた。

テレビは監督お気に入りの「アニマルプラネット」が映っていた。午後9時を回り、ひとしきり話が尽きると「泊まっていけよ。ビール飲め」と言われた。一瞬、迷うも監督のホテルは名護で自分の泊まりは那覇。「仕事なんかいいだろう」とたたみかけられたが、とっさに明日への保身が働き「悪いので」と断って帰った。

翌年の5月、似たようなことがあった。仙台に出張している時、球場に監督が来た。車から降りたタイミングでバッタリ会うと、部屋に呼ばれてお茶をした。

楽天は首位をひた走っていて、機嫌が良かった。翌朝、お礼を言おうと仙台駅の新幹線改札口で待った。昇りのエスカレーターからボルサリーノのハットが見えた。近寄ると急接近され「一緒に東京まで帰るぞ。オレの隣に乗れ」と肩をつかまれた。その日はデーゲームで、球場に戻らなくてはいけない。一瞬「試合はいいか」と思ったが「いや…球場に…」と答えた。監督は「試合はいいだろうよ」と言って、右手を挙げて改札を通って消えた。

二者択一で行動するとき、自分を優先させると取り返しのつかない後悔をすることがある。相手の思いやりに乗れば、取り返しのつかない後悔をすることはない。監督が亡くなり、自分の中では絶対の基準ができた。【宮下敬至】

◆宮下敬至(みやした・たかし)99年入社。04年の秋から野球部。担当歴は横浜(現DeNA)-巨人-楽天-巨人。16年から遊軍、現在はデスク。