三塁側ブルペンで「力水」を手渡される。ペットボトルの水に口をつける阪神藤浪の姿に、神宮球場全体がザワつき始める。マウンドへ駆けだすと、観客の盛り上がりは最高潮に。ここまで空気が一変するものかと、ちょっと驚いた。

26日ヤクルト戦。同点で迎えた5回裏、藤浪は7年ぶりに中継ぎ登板した。17年のCSファーストステージDeNA戦で経験しているとはいえ、レギュラーシーズンではプロ1年目の13年4月7日広島戦以来、2729日ぶりの救援登板だった。結果は2回1失点。4番村上に決勝弾を浴びてしまったのだが、図らずも「天賦の才」を示す登板にもなった。

リリーバー藤浪には複数の特長がある。

◆肩肘がタフ 他の投手と比べて肩肘の故障が少なく、体が頑丈。その上、肩作りに時間がかからないようだ。元ヤクルト監督で野球評論家の古田敦也さんはテレビ解説の最中、神宮のブルペンで準備する右腕を見て「肩が出来上がるのが早いですね」と驚いていた。

◆三振を取れる球種がある 絶不調に苦しんだここ数年と比較して、今季の好調時は高速フォーク、本人がスプリットと表現するボールで空振りを奪える場面が多い。以前は「どうしてもボールゾーンに投げようとしていた」という球種だが、今季はストライクゾーンでも勝負できるようになった。打者にとってより厄介なボールとなっている。

◆空気を変えられる 大阪桐蔭3年時に甲子園春夏連覇を達成。プロでは高卒1年目から3年連続2ケタ勝利も記録。197センチから長い手足を使って投じる直球は16年に最速160キロも計測している。経歴、投球スタイルともにワクワク感があるからか、マウンドに現れただけで一気に雰囲気を変えられる。

中でも3つ目の強みは、誰もが身につけられるモノではない。

もちろん、今回の配置転換はナインの新型コロナウイルス集団感染を受けての応急処置に違いない。ブルペンで勝ちパターンを支えてきた岩崎、岩貞、さらには馬場、小川、小林の救援5投手が出場選手登録抹消を余儀なくされ、予期せぬ形で誕生した「中継ぎ藤浪」。現時点では急場をしのぐ意味合いが強く、期間限定となる可能性も十分ある。

ただ、矢野監督は27日のヤクルト戦後、今後の起用法についてこう明言している。「中で使おうかなと思っています。いろいろ台所事情が大変なんで、その中で今いいと思うことを選択してやっていく中の1つとして、晋太郎を中でやってみようかなと」。しばらくはブルペン待機が続きそうな情勢だ。

藤浪は27日ヤクルト戦でプロ初の連投に臨み、1回を無失点で大勝に貢献した。ブルペンで投球練習を始めると、近くにいた三塁側内野席の観客が一斉にスマートフォンを向け、「即席撮影会」をスタート。6点リードの8回裏という大勢が決まった状況でも、「ピッチャー 藤浪」がコールされると球場全体が大いに盛り上がった。

まだまだ完全復活には至っていない背番号19だが、これだけ「天賦の才」を見せつけられると、想像したくなる。劣勢の展開でマウンドに上がる。球場全体のムードが一変する。観客の盛り上がりにも後押しされ、打線が猛反撃を開始する-。シーズン終盤に発生した一大事。藤浪の「空気を変えられる力」に注目している。【遊軍=佐井陽介】