無心で駆けた。負ければ25年ぶりVが遠のく、昨年10月25日の楽天戦(楽天生命パーク)。シーズン最終戦、2点リードの9回無死一、三塁で一塁走者の代走で起用されたオリックス後藤駿太外野手(28)は、「経験」で魅了した。

二盗を決め、二、三塁に好機拡大すると、1死後だった。安達のスクイズで三塁走者の佐野皓がホームイン。テレビカメラが佐野皓の行方を追っている、そのとき…。果敢に本塁に飛び込んだ後藤が、ホームインを決めた。優勝をグッと引き寄せる“ツーランスクイズ”を成功させ、高らかに叫んだ。

「行ける!という瞬時の判断でしたね。高校時代(前橋商)から練習した、足を絡めた得点シーン。練習が生きた瞬間でした。あそこは考えると体が動かない場面だったと思います」

一塁側ベンチで歓喜するナインから「駿太~!駿太~!」と名前を呼ばれ「高校野球!」と、懸命な好走塁を絶賛された。

昨季は主に守備固めや代走起用56試合に出場し、1軍戦力として悲願Vに貢献。その喜びから「野球こそが僕の生きる道」と痛感したという。

昨季に国内FA権を取得。シーズンオフには、FA権行使をせず、残留を決めた。「プロ野球の世界に入って、なかなか取れない権利。もちろん、自分なりに考えることはいろいろありました。現役でやっている以上は、どんな形でも試合に出ないと、やっぱり面白くない。僕はそこに飢えている」。ベンチスタートの日々に葛藤があった。

日本シリーズでは登録メンバーに入ったが、ベンチには入れなかった。「心の中でベンチ外とわかっていて、練習するのも難しかった。すごくしんどかった。だから、ロッカールームで試合を見ていて、悔しかった。みんなが活躍して、うれしい気持ちも…。どっちもあった。こんな気持ち、初めてでした」。6試合を見届けると、胸中が燃えた。

歓喜の中で、にじんだ悔しさを知った。さまざまな葛藤の中で「入団からここまで育ててくれたチームを日本一に導ける男になりたい」と残留を決断した。

あらためて、後藤は思う。「ここまでの自分を相撲に例えると、土俵に立つまでの練習をしてきた。今年は土俵に上がって、一瞬一瞬をやりきる。そのために…。1秒も惜しまず、身を削る覚悟です」。心底、万歳できる日へ、突き進む。

10年ドラフト1位は、今春で29歳を迎える。かつてレギュラーをつかんだ男は言う。「息子と一緒に野球の動画を見たりもします。画面に出てくる僕を見て『パパだ~』と、もっと言ってほしい。あらためて、欲が出てきたなと思います」。愛息に、背番号8の勇姿を焼きつける。【オリックス担当 真柴健】

契約更改し会見するオリックス後藤駿太(2021年12月15日撮影)
契約更改し会見するオリックス後藤駿太(2021年12月15日撮影)