わが家の居間のテレビの上に、ある選手のサインボールがある。

5年前の18年12月11日、北海道・北広島市の星槎道都大で、札幌学生野球連盟特別表彰式があり、その後のプレゼントコーナーで、取材に出向いていた記者が、抽選に当たって、いただいたものだ。

プレゼントイベントには、同大がある北広島市の少年野球チームの子どもたちもたくさん招かれていた。そんな中だったので、業務で会場にいた当時44歳のおっさんがもらうのは、申し訳ないと恐縮したのだが、司会者が、私が持っていた番号札を呼び上げ、大きな声で「どうぞ、壇上へ!」とアナウンスされたので、黙っているわけにもいかず、素直に歩みでた。

確か、その場でボールにサインを書いてくれたような気がする。ステージにいたのは、同年のドラフトで日本ハム7位指名を受けた星槎道都大時代の福田俊投手(26)。野球少年が主役と思われる会だったので「ごめんね、オレで」と言うと、福田はにっこり笑い「いいっすよ」と言ってくれたので、ほっとしたのを覚えている。

記者は昨年までアマ野球担当だったため、プロ入り後、話をする機会はなかったが、報道などで結果は逐一チェックしていた。21年までは、なかなか結果がともなわなかったが、昨季は13試合に登板し自責点1。7月10日ソフトバンク戦までは11試合連続無失点と安定し、夏場にコロナ禍の影響で終盤、離脱してしまったが、大きなきっかけをつかんだ1年になった。

昨年末、日本ハム担当となり2軍施設の千葉・鎌ケ谷で、それこそ大学時代以来4年ぶりに、2人で話をする機会を得られた(おぼえてくれていたかは微妙ですが)。昨季の戦績を振り返りながら、今季のビジョンについて聞いて見た。

福田 (22年は)これで、やっていけるのかなという兆しが見えた年。コロナがなければ。あのあとどうなっていたのかな、というのは考える。今年のいい部分を継続していけたら。左打者が出てきたら絶対に抑える。ピンチでポンと出されても計算できるピッチャーになりたい。コントロールが、調子良くなくても、普通のピッチングができるようになった。長い間1軍にいさせてもらって、がむしゃらだけじゃなくて、ときには抜くときも必要だと感じた。ちょっとした遊び心も持って投げられるようになれたかもしれない。周りをよく見られるようになった。対自分から対バッターに意識が変わった。左打者相手に投げることが多くて、何回も対戦していると、この前こうだったなあとか。経験値も増えてきた。

何か手応えを感じ取ったのだろう。といって、次の年、何か新しい試みをするということはない。まずは、昨季までのベースを磨いていくのがテーマだという。

福田 球種とかそっちの方は新しくとかはない。体の動きの部分。強さとか。股関節回りとか。調子悪くてもしっかりコントロールできるように。アウトローつけるように。球もそんなに速くないし、球種も少ないので。スライダー2種類とフォーク。

サッカー少年だった記者でも飲み込みやすい。話がシンプルで、職人肌と言うより、普通の若者に近い距離感が、大学時代に取材していたころから変わらず、懐かしく、うれしかった。

名護キャンプでは5日と11日の紅白戦に登板し、5日は1イニング3者凡退。7日には、2軍キャンプから1軍に合流し、11日は内野安打1本浴びるも、結果的に1回を3人で切って取るなど上々の仕上がりだ。

新球場エスコンフィールド北海道から最も近い大学である星槎道都大出身の道産子左腕の福田「スグル」。育成ドラフトでは「(山口)アタル」も加わった。記者が少年時代夢中になったキン肉マンの主人公スグルの兄がアタル。“兄弟”の活躍で、パリーグ「王位争奪戦」を制す。そんな状況になれば、居間のお宝サインボールは、キン肉マンファン垂ぜんの秘宝になるはずだ。その日を待望し今、ひそかにアタル選手のサインボールも、どこかでもらえないか、考えている。【日本ハム担当=永野高輔】

自身の名前「すぐる」をベースにした星槎道都大・福田のサイン(2018年12月11日撮影)
自身の名前「すぐる」をベースにした星槎道都大・福田のサイン(2018年12月11日撮影)