17年3月26日。高崎健康福祉大高崎(以下健大高崎=群馬)-福井工大福井の2回戦は1点差で9回裏を迎えた。1点を追う健大高崎は2死二、三塁の絶好のチャンス。カウント1-1。ナイター照明で照らされたダイヤモンドで両チームの明暗を分ける「トリックプレー」が起こった。

17年3月、第89回選抜高校野球2回戦 福井工大福井対高崎健康福祉大高崎 9回裏高崎健康福祉大高崎2死二、三塁、代打安藤諭の時、二塁けん制の間に三塁走者小野寺大輝(左)が本盗に成功、同点となる
17年3月、第89回選抜高校野球2回戦 福井工大福井対高崎健康福祉大高崎 9回裏高崎健康福祉大高崎2死二、三塁、代打安藤諭の時、二塁けん制の間に三塁走者小野寺大輝(左)が本盗に成功、同点となる

その瞬間、両チームの選手が「よしっ」と思った。二塁走者の安里樹羅が「けん制をもらうように」と大きめのリード。投手の摺石達哉が二塁にターンした直後、三塁走者の小野寺大輝が「イチかバチかで」スタートを切って、ホームに頭から飛び込んだ。

福井工大福井にしてみれば、相手の“走塁ミス”につけこんだかに思えたけん制だったが、健大高崎にすれば、自らの作戦で誘ったけん制だった。試合後、サインを出した青柳博文監督は静かに振り返った。

「ギャンブルです。バッターの2球(の感じ)を見て、あれしかないかなと思った」

指揮官は「ギャンブル」と謙遜したが、同校は機動力を駆使した「機動破壊」を武器とする。機動破壊とはセオリー破壊。この場面では「普通、走らない」のセオリーを逆手に取って、作戦を仕掛ける。入念な準備と確かな根拠を持った“トリック走塁”だった。

(1)フリ 2球目の直前、大きめのリードを取った安里に対し、遊撃手の西村吏久人が二塁のベースカバーに入ったが、投手は投球。安里は「危なかった」“フリ”をし、3球目の直前、三塁ベースコーチの指示を聞く“フリ”をし「わざとらしくないように」リードを広げ、けん制を誘った。

(2)走者の走力と技術 50メートル走は小野寺が5秒9で、安里が6秒1。チーム内でもトップクラスの俊足で、走塁センスも抜群に良く、投手が二塁にターンした瞬間、勝負は決した。

(3)過去の経験 12年春の関東大会・東海大甲府(山梨)戦でも同点の9回2死二、三塁、全く同じシチュエーションで勝ち越し点を奪った。

けがの影響で試合に出場できず、一塁ベースコーチだった湯浅大(巨人)はあの瞬間を鮮明に記憶する。「あっ、サインが出たなと。普段から練習しているプレーだったので、準備はできていたと思います」。成功へと導くためのタネが練習、直前のプレーに仕込まれていた。

 
 

両チーム譲らず、3時間44分の激闘は規定により延長15回、7-7で引き分けた。直前に行われた第2試合、福岡大大濠-滋賀学園戦も延長15回1-1で引き分け。1大会で2試合の延長引き分け再試合が行われるのは、春夏を通じて初めてだった。

1日の休養日を挟んだ再試合では、健大高崎が10-2で大勝した。勝利を引き寄せたのは、山下航汰(巨人)の大会史上2人目となる1大会2本目の満塁本塁打だった。【久保賢吾】