プロ野球が開幕した翌日の6月20日。東京ドームの最寄り駅である都営水道橋駅A1出口から50メートルほどの距離にある「能登美別館」は、距離を確保するため4人席に2人で座る形で、満席になっていた。

ドームから徒歩約5分で、石川・能登七尾漁港で捕れた新鮮な魚が年中食べられるとあって、いつも満席の人気店。オーナー兼店長の米田詞朗さんの元、水道橋に3店、新橋に2店の計5店舗を展開している。

「能登美」も例外なく新型コロナウイルスによるダメージを受けた。3月初めから予約は軒並みキャンセルが入り、緊急事態宣言が発せられる約2週間前の4月4日から5店舗全ての自主休業を決めた。

5月25日に同宣言が解除され、新橋店と水道橋の別館だけ営業を再開した直後のある日、常連客が1人で新橋店にやってきた。

能登美に常連客から届けられた「頑張れ」と書かれたぽち袋(能登美提供)
能登美に常連客から届けられた「頑張れ」と書かれたぽち袋(能登美提供)

「頑張れ」と書かれた3枚のぽち袋を手に持っていた。中にはそれぞれ2万円ずつが入っていた。その客が行ったことのある3店舗分だった。中身がお金だと気づいた米田さんは断ろうとしたが「『あなたにあげるわけではない。頑張っているスタッフにあげたいんです』と。本当にありえない話です」と感謝した。すぐさま社員LINE(ライン)で共有。社員全体の活力に変えた。

能登美別館で始めた「ご飯に合う塩ラーメン」(能登美提供)
能登美別館で始めた「ご飯に合う塩ラーメン」(能登美提供)

励みはラーメンの創作だった。「従業員には強気なことを言えても、何カ月持つのか。やはり考え込んでしまってました」。ラーメン作りに打ち込んでいる間だけは全てを忘れられた。そして完成した「ご飯に合う塩ラーメン」。能登半島の甘い塩を使ったラーメンと、能登の農家から直接仕入れた炊きたてのコシヒカリのセットだ。「ご飯とラーメンを一緒に食べるのが好き」という米田さんのアイデアから生まれた。「チェーン系のラーメンを食べる時に、無料で付いてくるご飯がおいしくないことがある」と米にもこだわった。7月2日から「ラーメン能登美」として別館でランチ営業を開始した。

元々、4月1日の飲食店の全面禁煙により売り上げが落ちることを見越して練っていた案だった。「売り上げが落ちたらつぶれる。その前に何かしないと」と考えて動いていた準備が思わぬ形で役に立った。

米田さんの生まれ育った石川県の野球中継といえば、巨人戦だった。根っからの巨人ファンで、能登美をオープンしてからは年間シートの購入も検討したことも。今では「ビジネス的にもジャイアンツファンですよ。勝てばよりお客さんが来てくれる」と笑った。

10日から有観客試合となり、観戦後のファンの来店を見越して、水道橋の「能登美はなれ」も営業を再開しようとした。しかし東京都の新規感染者は増加傾向にあり、見送りに。5店舗中2店舗しか営業していない状態では、ダメージは計り知れない。糧を見つけながら踏ん張って、見えない敵に立ち向かっている。【久永壮真】