銚子商野球部OBの伊藤開さん(24)にとって、銚子電鉄は「神様」だった。恒例の冬トレーニング。毎日、学校から6キロあまり離れた君ケ浜海岸まで走った。途中で銚子電鉄の線路を横切る。「踏切に、たまたま電車が来ると『良かった。休める』みたいな(笑い)。神様でした」。会えるのはレアケースだった。1時間に数えるほどしか走らないローカル線。しかも2両編成。「だから、すぐ終わっちゃう」。それでも、厳しい練習を緩められる瞬間がありがたかった。

銚子商野球部OBの伊藤開さん
銚子商野球部OBの伊藤開さん

神様に恩返しする番がやって来た。高3最後の大会が終わり、野球部を引退した夏のこと。その7カ月前にさかのぼる。

14年1月、銚子電鉄が脱線事故を起こした。車両の修理費用約2000万円は、経営が苦しい銚子電鉄には重すぎた。銚子商の生徒たちが立ち上がった。

「課題研究」という授業で支援プロジェクトを開始。まだ珍しかったクラウドファンディングなどで寄付を募り、500万円近くを集めた。他にも、いろいろなアイデアが出た。その1つが、銚子電鉄のヒーローキャラクター「ゴーガッシャー」による集客PRだ。176センチ、76キロと、野球で鍛えた伊藤さんに白羽の矢が立った。「体格がピッタリだから、やってくれと。かぶり物は重いし、8月の晴れた日。めちゃくちゃ暑かったですね」。銚子駅と終着の外川駅を往復。子どもたちと記念撮影しながら、汗だくになった。

銚子駅より2両編成の銚子電鉄
銚子駅より2両編成の銚子電鉄

ぬれせんべい販売、お化け屋敷電車、映画製作など、ユニークなアイデア満載の銚子電鉄。奮闘を目にすると、うれしくなる。「頑張ってるなあ、すごいなあって。自分も関与したと思うと、ちょっと誇らしい」と胸を張った。

胸を張れるもう1つが、他でもない母校の歴史だ。銚子商は74年夏、黒潮打線で甲子園優勝。中3の時に練習見学し「ここなら甲子園に行けるかも」と名門の扉をたたいた。「むちゃくちゃ厳しかった」毎日を支えてくれた人たち…練習から見に来る熱心な固定ファンがいた。「おじいちゃんが多かったかな。授業が終わって僕らがグラウンドに行くより早く、待ちかまえてるんです。『伊藤、頼むぞ』って。いつの間にか名前を覚えてくれて、ジュースも何回かおごってくれました。銚子は野球、熱いです。電鉄も、商業も、シンボルみたいなものじゃないでしょうか」と懐かしんだ。

今は千葉・横芝光町で家業の生花店に勤務する。「この時期になると、後輩たちも君ケ浜まで走ってるんだろうなって思います」。銚子に足を延ばすことは、ほとんどなくなった。野球に没頭し、電鉄に関わった日々は色あせない。(つづく)【古川真弥】