東京オリンピック(五輪)に挑む侍ジャパンのメンバー24人が決定した。8年ぶりに日本に復帰した楽天田中将大投手(32)は、選手として唯一の北京五輪経験者で、巨人坂本、ソフトバンク柳田らとともにメンバー最年長になった。24人の選手が持つ武器やストロングポイントにスポットを当てる連載「侍の宝刀」。田中将は「変幻自在」な投球術と、豊富な経験でチームを引っ張る。

13年3月、WBC2次ラウンドのオランダ戦で5回から登板した田中
13年3月、WBC2次ラウンドのオランダ戦で5回から登板した田中

勝つために、ずらした。5月8日、札幌ドーム。田中将は日本ハムに2点を許した直後の2回、プレートの立ち位置を真ん中から一塁側へ変えた。プレート板の長さは約61センチ。見た目には数十センチの違い。投手によっては「景色が違う」と変化を好まない者もいる。ただ、ちゅうちょはなかった。「その日その日のベストを尽くしていくしかない」。初回は投じなかったツーシームを2回以降は多投。現状を鑑みて、引き出しを開けた。

「変幻自在」。8年ぶりに日本でプレーする右腕の姿を、定番の四字熟語が色濃く表す。代名詞の高速スプリットは、130キロ台前半へ速度を落とした“スプリットチェンジ”にも幅を広げ、奥行きを生む。得意球のスライダーは縦横、緩急自在に操り、毎試合、投球比率の20~30%を占める。直球とほぼ同様の球速、軌道からわずかにずれるツーシーム、カットボールも散らし、カーブで目線を変える。四隅を突く制球力を土台に、敵を欺く配球パターンは無限に広がる。

24連勝で日本一に立った13年当時、155キロに迫る直球を軸に、消えるスプリットでことごとく打者をさばいた。海を渡り、筋骨隆々の猛者との戦いに直面。17年頃から内角高めのストライクゾーンを活用。打者の目線の近くを通すことで150キロ前後の直球の体感速度を速め、多彩な変化球の威力を高めた。いわば“究極の技巧派投手”とも表現できる投手へと変化を遂げた。

現状2勝4敗と黒星先行も、不動の強さは数字が示す。登板9試合中クオリティースタート(QS、6回以上自責3以下)達成は7度で、得点圏被打率は1割5分4厘。大量失点を防ぎ、試合を確実に作る。右ふくらはぎ痛で自身の開幕は1カ月遅れた。決して本調子でない時も、数ある武器から最善策を選び、大崩れの気配を見せない。

田中将の五輪、WBC成績
田中将の五輪、WBC成績

環境不問の自在性に、修羅場をくぐった経験は「信頼」という名のシナジーを生む。五輪、WBCの主要国際大会では通算11試合に登板し16回1/3を自責3、防御率1・65を記録。失敗の許されない一発勝負のトーナメントで、確実に計算の立つ右腕の存在感は、一段と輝きを増す。百戦錬磨の神剣を携えたマー君が、金へのいばら道を切り開く。【桑原幹久】