今年もこの季節がやってきた。プロ野球のドラフト会議が23日に行われ、未来の原石たちがプロへの扉をたたく。一大行事を直前に控え、大洋、横浜(現DeNA)、巨人でスカウトを務めた東海大の長谷川国利監督(63)にドラフトにまつわる話を聞いた。「元スカウト的ドラフトのミカタ」、全2回です。前編は「元スカウトが考えるちょっぴり変わったドラフトの楽しみ方」。

独自のドラフトの楽しみ方を語る東海大・長谷川監督(撮影・平山連)
独自のドラフトの楽しみ方を語る東海大・長谷川監督(撮影・平山連)

国内外を駆け回ったスカウトたちの感情が交錯する特別な日。スカウト時代はドラフト会議が近づくに連れ、ピリピリと緊張感が高まった。「スカウトたちにとっては集大成の1日ですからね」と長谷川監督は力を込めた。

醍醐味(だいごみ)は数あれど、会場から湧き起こるどよめきや歓声は心地よい。あの雰囲気は何にも代えがたい。予想外の出来事の数々にドラフトの魅力が詰まっている。「比較的メディアに取り上げられていない選手や単独指名はないだろうと思われていた選手が、いきなり1位でドーンと指名される。あの瞬間がたまらないんです」と目を輝かせた。

ドラフトの楽しみ方で真っ先に思いつくのは、各球団の1位を当てることだろう。12球団の補強ポイントを探りながら、仮想1位を考える。そこから派生して、競合の場合は外れ1位、外れ外れ1位を念入りに考える。ファンにとっては王道中の王道の楽しみ方に見えるが、さまざまな立場でドラフトに携わってきた長谷川監督は、それでは満足しない。「レアな楽しみ方があるんですよ」と前置きした上で提案したのが、お買い得な逸材を探る「穴狙い」の極意だ。

「事前にピッチャーをオーバー、サイド、アンダーと投げ方別に分類して、例えば球速は遅いけど、高い評価を受けて指名されるピッチャーを当てるとかはどうでしょう。スピードガンやトラックマンが発展していますが、マウンド上の落ち着き、勝負強さや投球術は数値では表れません。指名した球団はどんなところに引かれたのかと推測してみることで、自分なりの視点でドラフトを分析できます」

今シーズン終了後、セ・リーグではDeNA、ヤクルト、パ・リーグではロッテが監督を交代した。新監督の下で来たる日に向かう。結果を求めるのであれば社会人・独立を中心とした即戦力を取りたいが、5年先、10年先を見越した投資ができるかもしれない、重要な補強戦略もある。「あの時もそうでした」と、具体例としたのは巨人スカウト時代の14年単独1位指名で獲得した智弁学園(奈良)の岡本和真だった。

14年11月、巨人ドラフト1位の岡本は仮契約を終え球団旗を背に笑顔
14年11月、巨人ドラフト1位の岡本は仮契約を終え球団旗を背に笑顔

当時チームを率いた原辰徳氏(67)はもともと投手補強を最優先に考えていたが、将来を見据えて方針を転換。その英断が見事にハマった。長谷川監督は「『右バッターでホームランを30本打てる可能性のある選手は高校生にいるか』と原監督が言ったときに、担当者が岡本の名前を出した。監督としてはピッチャーの手駒が欲しいが、将来的なジャイアンツの発展を優先したことで今がある」と力説した。

正解は時間がたってみないと分からない。「3年後、5年後、10年後とたどりながら、指名された選手の活躍を追っていく。40歳まで現役を続けた(長野)久義のように、自分の納得いく形で現役を全うできるのは一握りですから」。今年はどんなドラマが待っているのか。【平山連】(つづく)

◆長谷川国利(はせがわ・くにとし)1962年(昭37)5月26日、東京・江東区生まれ。東海大相模-東海大を経て、84年ドラフト4位で大洋(現DeNA)へ入団。90年に現役引退後に大洋でスカウトに転じ、03年から活動の場を巨人に移し、スカウト部長、編成本部付部長などを歴任。巨人時代には長野久義、菅野智之、山崎伊織らの獲得に携わった。23年限りで巨人を退団。24年1月、東海大監督に就任した。