読書の秋、記者が野球にまつわる本を紹介します。第1回は「成瀬は天下を取りにいく」(宮島未奈著、新潮社)。
◇ ◇ ◇
滋賀県大津市の「Oh! Me大津テラス」内の書店で、宮島未奈氏著「成瀬は天下を取りにいく」(新潮社)のサイン本を購入したのは、今年8月1日のことだ。Oh! Me大津テラスなる商業施設を知ったのは「成瀬は天下を取りにいく」内でのこと。作品の舞台を“聖地巡礼”し、そこで著者のサイン本まで購入した。
琵琶湖畔にあるデパートの西武大津店の閉店に際し、成瀬あかりという女子中学生が夏休みをささげようとする物語。表紙は成瀬が埼玉西武ライオンズのユニホームを着ているデザイン画で、作品内でも選手名がちらっと登場したりする。西武ファンの間でもそこそこの話題になった。
日本人の誰もが知る社会現象-、まではいかない立ち位置の作品で、そのあんばいがまたいい。滋賀県出身の山田陽翔投手(21)は「すいません、読んだことないッス!!」と実に潔く、滋賀愛に満ちた作品だと恐縮ながら説明した。山田もまた琵琶湖に触れながら育った若者で、肌寒い所沢でも「アイラブ琵琶湖」Tシャツを着ている。
「24年本屋大賞」の選出で話題になり、私はこの25年春に読んだ。作者の筆致とキャラの濃さに魅了され、西武のオリックス戦遠征の際、昼間に出かけてみた。舞台は大津市の膳所(ぜぜ)。7年前のセンバツ甲子園に膳所高校が21世紀枠で選出されている。
膳所駅に降り立つ。作品の舞台「ときめき坂」を歩く。登場する小学校やコンビニや美容室が目に飛び込む。活字のイメージと現実はちょっと違う。それが一致する作業が楽しい。「レイクフロント大津におの浜メモリアルプレミアレジデンス」なる西武跡地のマンションも、名前は違うけれど堂々そびえている。
作品内に登場する「湖の駅浜大津おいしや」の近江牛コロッケ定食も食べ、琵琶湖畔を散歩する。すばらしい時間になった。シーズン中にこんなぜいたくな時間があっていいのだろうか。琵琶湖ってこんなにいいところなのか-。そんなわけで現地でサイン本を買ってしまい、1冊目は会社の上司に布教した。
今年の都道府県魅力度ランキングで、滋賀県はなんとも言えない37位だ。市町村単位で全国各地ほぼ行き尽くした私も、滋賀県は“通過”が多い。「成瀬は~」で滋賀への興味が間違いなく増した。この本を機に滋賀県を訪れた西武ファンもけっこういると聞く。
本には映像がない。そのシーンを想像で思い浮かべるからこそ、より作品に没入できる。推し活が盛んになり、聖地巡礼もより多角化する。野球と物語を巧妙に絡め、人々をその地へいざなう-。「成瀬は~」はある意味で「るるぶ滋賀」ともいえる作品だった。
滋賀への興味が高まった私はその後、山田が通った近江高校がある彦根市も訪れた。「どら焼き、うまいっすよ」と勧められたのでどら焼きを食べ、観光し、泊まった。急な階段をびびりながら上ってたどり着いた彦根城の天守閣から撮った近江高校の写真を、山田に見せた。そこでまさかまさかの返答が。
「僕、彦根城行ったことないんですよ~」
こうなったらこのオフ、山田よりも滋賀に詳しくなろうと思う。【金子真仁】





