米大リーグ入りを目指して、海外で奮闘している日本人が増えている。イリノイ州立大・奥村秀斗投手(4年=天理)は高校卒業後、米国内で4つの大学を渡り歩き、徐々にステップアップしながら今夏のドラフト指名を待つ。
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奥村の米国大学進学は、近鉄、阪神でプレーした元プロ選手、天理(奈良)・中村良二監督(当時)の一言がきっかけだった。「アメリカ出身やねんから、アメリカの大学どうや」。以前、天理高野球部からは元横綱輪島を父に持つ輪島大地投手が、米国に進んでいた。奥村は父の米国転勤中、ミシガン州で生まれた。3歳で大阪に移って以来、日本語しか話せなくなっていた。全く頭になかった進路だが、高校3年の秋、ロサンゼルスでトライアウトを受けると複数の大学からオファーを受けた。
西海岸で日本人が多いカリフォルニア州にある、2年制のモントレー・ペニンシュラ短大に入学した。学費、生活費は数百万円かかる。野球だけでなく、英語の習得、奨学金をもらうため勉強にも熱を入れた。半年ほどたった23年2月。文武両道のハードな毎日で、登板後にブルペンで倒れた。救急搬送された病院で記憶喪失になっていた。「生年月日も、親のことも、ピッチャーなのか、右投げなのか左投手なのかも」。入院した4日間は寝られず、ストレス性の一過性健忘症と診断された。
ルームシェアしていた日本人の先輩選手に、携帯の暗証番号を偶然教えていたため、日本にいる親や知人と連絡が取れた。徐々に記憶が回復する中で、支えてくれたのが天理の同期だった日本ハム達孝太。「高校時代からのボールの握りを忘れたのですが、全部、写真を送ってくれた。全部変わりました。あれがターニングポイント」。2カ月後に練習に復帰できた。
英語にも不自由しなくなってきた24年の春、さらに野球の高いレベルを求め、「日本人の全然いない」2年制のアーカンソー・リッチマウンテン大へ移った。奨学金のオファーも好条件で「ほぼ無料」で過ごせた。同年夏には「サマーボール」という全米から大学生が集まるリーグに参加して好投。勉学でもGPA3・8(一般的に3・0以上は優秀)という好成績もあり、9月に念願の4年制、全米大学体育協会(NCAA)1部であるミシシッピバレー州立大へ移った。
1部に初参加した25年は、学費も家賃も食費も奨学金で賄えた上、野球でも1勝1敗、防御率4・43と好成績だった。チームの平均防御率が8・31という、打高投低の環境なのだ。生活に余裕が出た分、1イニング18ドル(約2790円)、通算20イニングで360ドル(約5万5800円)を病院に寄付した。「金額じゃなく。野球したい人とか、病気で戦ってる小さい子とか1人でも多く助かったらいい」。記憶喪失で病院と接点ができたことで、自分がいかに恵まれているかを痛感した。ドジャース大谷翔平の寄付にも影響を受けたという。
今年は、4つ目の大学、イリノイ州立大に移ってプレーする。今度は授業料も学費も少し払っている。毎年のようにプロを輩出する名門校。ドラフトにかかるようスカウトにアピールする。「野球をやっている以上、目指すところは1つ」。NPBや独立リーグも視野に入れながら、サイドから腕を振る。【斎藤直樹】
◆奥村秀斗(おくむら・しゅうと)2003年9月25日、米ミシガン州生まれ。父の転勤で3歳で大阪へ。小1から高槻キングジュニアーズで野球を始める。小5で元山フレンズに移籍。阿武野中時代は関西高槻中央ボーイズに所属。天理(奈良)では2年秋と3年の春夏にベンチ入りも、センバツではスタンド応援に回る。175センチ、80キロ。右投げ右打ち。血液型O。




