夏の地方大会は28日に全日程が終了し、甲子園に出場する代表校49校が確定した。各地で取材に当たった担当記者たちによる大会中に「書ききれなかった話」を紹介する。
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準決勝で敗れた明大八王子(西東京)の三宅希空(のあ)選手(3年)は、涙が止まらなかった。同校初の女子部員。規則上、グラウンドに立つことはできない。それでも熱く、甲子園を目指した3年間だった。
始まりは中学2年の冬。自ら手紙を書き、入学を直訴した。「男子野球部に入れていただけませんか」。文武両道で明大の付属校でもある校風に魅力を感じ、門をたたいた。椙原貴文監督(43)は「覚悟があるなら一緒に野球をしよう」と熟考の末に入部を許可。「食事以外は全部やらせました」。練習内容は男子部員と全く同じ。3年間、いち部員として白球を追った。
最後の夏、女子野球のチームで大会に出場する道もあった。だが、都大会と日程が重なり、どちらか一方を選ばなければならない。「試合に出場できなくても、3年間練習を積み重ねてきた仲間と最後まで戦いたい」。絆を優先し、明大八王子での夏を選択した。
大会中は記録員として全試合ベンチ入り。部内では「勝利の女神」と呼ばれ、仲間を支え続けた。甲子園には届かなかったが「他の人が経験できないことをやらせていただけたのは、多くの人たちのアシストがあったからだと、心から感謝しています」と頭を下げた。その3年間は紛れもなく「高校球児」だった。【田島優大】

