夏の地方大会は28日に全日程が終了し、甲子園に出場する代表校49校が確定した。各地で取材に当たった担当記者たちによる大会中に「書ききれなかった話」を紹介する。

   ◇   ◇   ◇

慶応(神奈川)のスタンドには、チームメートとともに大きな声援を送る中畑匠水選手(3年)の姿があった。準決勝で横浜に敗れたが「慶応野球部が自分を支えてくれた。監督、スタッフ、仲間、家族。感謝しています」と胸を張った。

体の異変は中2の夏だった。身に覚えのないアザができたり、鼻血が出やすく食欲もない。医師の診断は急性リンパ性白血病だった。「6歳から始めた野球も、勉強も。これからという時。つらかった」。診察室で声を上げて泣いた。

それから14カ月にも及ぶ入院生活と、苦しい治療。乗り越えられたのは野球の存在だった。23年夏、一時退院し横浜スタジアムへ、慶応野球部だった兄快斗さん(慶大2年)の応援に駆けつけた(準決勝東海大相模戦)。「負けない雰囲気があって、かっこ良かった。みんな楽しそうで勇気が出ました」。チームはその後、甲子園全国制覇。「自分も元気になって野球がしたい」。病室に慶応の応援タオルを飾り、つらい治療に耐えて完治させた。

慶応入学後は、野球部に入部し、いちから体作りに取り組んだ。最後の夏、ベンチ入りは果たせなかったが「野球ができること。学校に行けること。家族と過ごせること。おいしいご飯を食べられること。今は幸せです」と、悔いはない。

将来は病気の子どもを支援する仕事に就くことが夢だ。命の大切さと野球の楽しさを知る。真の強さを感じた。【保坂淑子】