第98回選抜高校野球大会(3月19日開幕・甲子園)の出場校がきょう30日に発表される。日刊スポーツでは「春待つDNA」と題して、甲子園を沸かせた親族たちの思いを背負って吉報を待つ選手たちを全3回で紹介。第3回は佐野日大の中村盛汰主将(2年)。祖父はPL学園を率い春夏合計6回優勝、甲子園通算58勝を収めた名将、中村順司さん(79=日刊スポーツ評論家)で、父は21年夏、日大東北の部長として出場した中村猛安さん(46)。高校野球界のレジェンドの血を引き継ぎ、力強く甲子園の土を踏む。
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★ふと見たYouTube
底冷えのするグラウンドで、中村は黙々とバットを振っていた。「右手の使い方を意識すればバットが出る」。祖父順司さんからの教えを心の中で繰り返した。「じいちゃんが指揮した場所(甲子園)でプレーができるのは、僕の財産になるんだ」。バットに力がこもった。
日大東北の部長を務める父猛安さんの影響で幼少時から野球が遊びだった。生まれた頃、順司さんはすでに高校野球の指導から離れており、祖父の前職は全く知らなかったという。「じいちゃんって野球、詳しいんだなぁ」。いつも熱心に指導してくれる順司さんに憧れのまなざしを送っていた。
小1で本格的に野球を始め、ふと見たYouTubeの動画に目が留まった。「あれ? じいちゃんがいる!」。それは、87年、PL学園が春夏連覇した動画だった。「ビックリしました。すぐにネットで調べたらたくさん出てきた。僕はすごい人に教わっていたんだ、とワクワクしました」。
★すぐに電話や動画で質問
順司さんの指導を独り占めできるのが、うれしかった。家を離れ寮生活を始めると、わからないことがあればすぐに電話や動画で質問した。「入学してすぐ、結果がでなくて焦りがあった。そのときは『肩が入り気味。少し開いていけ』と教わりました」。シャープなスイングで小技もこなし、チームには欠かせない存在に成長した。
順司さんは、どんなときもよき理解者だ。昨秋、主将に就任すると、87年PL学園の主将で前中日監督の立浪和義氏(56)の話をしてくれた。「気配り、目配りがすごかったと聞きました。自分も私生活の中で、ごみを拾うとか、徳を積もう、とミーティングで話しています」。かつてのPL戦士に、自らの姿を重ね、チームをまとめた。
今年のお正月、順司さんは初めて大きなバッグに収納されたPL学園監督時代の優勝メダルを見せてくれた。「金メダルがゴロゴロあってビックリしました。重みを感じました」。ここに新たなメダルを加えたい。「全員で頑張ります!」。頂点を目指す春が来る。【保坂淑子】
■中村順司氏(中村主将の祖父でPL学園元監督)
「盛汰の父(猛安さん)のときはPL学園の監督と選手の間柄で、ぼくがチーム全体に気を配る立場にいたこともあって個人的に教えることができませんでした。今は盛汰が自分の練習の様子を動画で送ってきたら、気づいたことを伝えられています。PL学園の選手たちに教えていた『徳を積みなさい』『積極的にいきなさい』ということも話しています。発表はぼくも楽しみです。選んでいただいたなら『まず全員で校歌を歌えるように頑張れ』と話すつもりです」
◆中村 盛汰(なかむら・せいた)
2008年(平20)10月12日生まれ、福島県郡山市出身。安積第二小1年時に郡山リトルで野球をはじめ安積第二中では郡山シニアに所属。好きな言葉は「球道即人道」。将来の夢は学校の先生。50メートル6・3秒。遠投90メートル。右投げ右打ち。173センチ、70キロ。
◆佐野日大
創立は1964年(昭39)。野球部創部は64年。男女共学。生徒数1201人(女子411人)、野球部員39人。甲子園出場は今回で春5度目、夏は6度。主なOBは会田有志、沢村拓一、田嶋大樹、五十幡亮汰ら。学校所在地は栃木県佐野市石塚町2555。高原健治校長。




